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かげらの子 19
宇賀は確かに綺麗な身なりではなかったが、昨日の田作業を終えてやってきた村人達よりは幾分も綺麗に見える、なのに伊次郎の言葉は姿を見ているのも不愉快だと言う感情を隠しもしないものだった。
捨喜太郎の胡乱な気持ちが伝わったのか、伊次郎は顎をしゃくるようにして宇賀を一瞥する。
「見えますか、あれの足」
伊次郎に寄るなと言われたからか、宇賀は途中で立ち止まりじぃっとこちらを見たままだ。
促されて視線をそんな宇賀に移すと、着物の裾からぽとん と雫が垂れた。天気が悪い訳ではないので朝露に濡れたのかと思うも、そんな量じゃない。するすると重力に従って足を伝って落ちる液体が何かに思い至らず、捨喜太郎は片眉を上げて隣を見上げた。
「濡れているでしょう」
朝露でもないならば粗相でもしたのだろうかと、だから伊次郎が嫌悪を隠さずに寄るなと言ったのかと、腑に落ちて知らずに詰めていた息をほっと吐き出した瞬間、
「スペルモです」
そう明け透けに言われて体が跳ねた。
「え⁉」
「失礼、スペルマの方が分かりますか?」
どちらの単語だろうとしても、捨喜太郎はきちんと理解が出来た、出来たと同時に先程声を掛けた際に誰か逃げて行った事と、宇賀が木の下に転がっていた事が全て得心が行き、何か言おうとした言葉が急に頭に駆け上がってきた血液に邪魔されて掻き消えてしまった。
「顔を真っ赤にして、お可愛らしい」
「 ……っな、」
「宇賀はこの家へ入れない と、お約束して頂きたい。宜しいですね」
嘲笑?嫌悪?その両を綯い交ぜにしたような伊次郎の言葉に、「何故?」の問いかけを返す事が出来ず、捨喜太郎は家の外でぼんやりとこちらを見る宇賀の鏡のような目を盗み見るしかできなかった。
民間療法と侮っていた泥と生姜の湿布は、果たして捨喜太郎の足を完治させるに至った。
足から泥を洗い落としている間に、留夫に正直に「効果の程は期待していなかった」と告げると、丸い顔に満面の苦笑いを浮かべて「気にしない」と返事をくれた。
「こんな場所です、都会から来られた皆様には全てが眉唾でございましょう」
「や、そんな乱暴な事は……」
「効果よりも気休めなのですよ」
そう笑われると、その治療を受けていた自分は思い込みで治してしまったと言われているようで、捨喜太郎は居心地悪く立ち上がって足首をくるりと回して見せる。
「もう大丈夫そうです」
「よぅございました。田植えもそろそろ終わりで、皆も時間の余裕がありましょう。村の案内がてら、回ってみますか?」
「ええ、そうさせてください」
丸二日、家で過ごした事は悪くはなかったけれど、この村に調べ物に来た身としてはただ無駄飯を食いながら世話になっているのは酷く居心地の悪いものだった。おまけに伊次郎の言葉通り、食膳に並ぶ料理には鰻や山芋が並び、意図が明け透けに見えて捨喜太郎の座りを更に悪くして、滞在目的を見失ってしまいそうになる。
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