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かげらの子 24

 後ろ姿を見ていると、屈託のない笑顔で村人に声を掛けては、何くれと手伝いを申し出ているのが見える。 「良く気の付く方ですね」 「ええ、彼は……この村の事が一等大事なので」  留夫を眺める伊次郎の目はどこか磨りガラスのように仄暗い。  農民に混じり梅を干すその姿を見ながら、妙な言い方だと捨喜太郎は胡乱に村長を眺めた。    カコン カコン と、今夜は風が強いのか雀避けの音が酷く耳に付く。  刻は夜半も大きく過ぎて、夏至の近い今時分だと仄かに明るい事もある時間帯だった。  この村に来た初日は常に鳴るその音がどうにも好きになれず、捨喜太郎の性格がもう少し主張の激しい物であれば怒鳴り上げていたか、伊次郎に苦情を申し立てていたかもしれない。けれどそんな勇気を捨喜太郎は持っておらず、夜な夜な布団を頭の上まで引っ張り、その中で耳に両手を当てる事で眠っていた。  けれど今夜はまじないのようになったその習慣を取っても睡魔が再び訪れてくれる事がない。  仕方なくのそりと起き出して外の厠へと足を運ぶしかなかった。  捨喜太郎の知り合いの家でも屋内に厠がない家は幾つもあった為抵抗はなかったが、薄暗い中手探りで用を足すのは些か心細く思われ、捨喜太郎は塞ぐ気分を押し上げるようにしっかりと顔を上げる。  昼の熱気が地面から立ち上るのに、吹き付けてくる風は木々の間を通ったのか湿気を含んでひやりと冷たい。  奇妙な二層の空気の中をふらふらと歩いて行くと、死んだら向かう黄泉の入り口とはこんな不気味な場所なのかもしれないと、勝手に想像力が働いて捨喜太郎の気分を憂鬱な物にさせた。  厠の向こうは薄暗いながらも田の水面が光を反射しているせいか明るく、なんとなしに暗い屋内よりもそちらに救いを求めて歩き出す。  強い風が空気を掻き混ぜるせいでガコガコと雀遣りを鳴らす音に耐えられず、仕方なしに田んぼのある方とは別の方向である山の方へと向かう。子供がいないとは言え多少なりとも騒がしさのある村が静まり返り、昏さに沈むそこは遠くない未来を垣間見せるようで、気分を変えようとした捨喜太郎の心をちくりと蝕んだ。  カコン カコン  木々の間に張られた雀避けを見上げて、この村にいる限りこの音から逃げる事が出来ないのか……と、捨喜太郎は諦めを持って傍らの岩の上に腰を降ろす。  丁度いいぐらいの高さの、角のない緩やかな丸みのそこは案外と座り心地が良かった。  ここから緩やかに朝日に照らされる村を見るのも悪くないんじゃないかと考えて、捨喜太郎は足を組んでゆったりと出来る姿勢を取る。  稜線の隙間から微かな明かりが漏れ出してくるが、それはまだ辺りを照らすと言う程力強くなく、柔らかく優しく辺りを照らす。けれど逆にその明るさが影の暗さを際立たせるようで、淀みを表すようなその影の世界の憂鬱さを見せてきた。  ────さり  それは木の鳴る音でほとんど聞き取る事は出来なかった。  偶々、風の気まぐれで雀避けの音が一瞬途切れたからこそ、捨喜太郎の耳に届いたけれど、それがなければもっと傍に来るまで気づく事が出来なかっただろう。 「  ?」  さりさり……と、草が皮膚に擦れる音がする。

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