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かげらの子 58
「骨は大丈夫ですか?」
「あ 私は……」
首を振って無事を伝えると、伊次郎の視線が宇賀に移る。
同じように怪我の有無でも尋ねるのかと思っていた捨喜太郎は、次に聞こえてきた言葉に耳を疑って身を乗り出した。
「この屋敷に近寄るなと、言いましたね」
「 っ、崎上さん!そんな話じゃないでしょう!私達はいきなりこの人達に襲われて、山から転がり落ちたんですよ⁉村長として然るべき対応を っ」
伊次郎に睨みつけられて、捨喜太郎の声が途切れる。
「お客人に、謝罪を」
「は⁉なんで俺達が!そん男が 」
「謝罪を」
声を荒げる村人に対し飽く迄も冷静に言い返す伊次郎に、村人がう と言葉を飲み込んだ。
「 ──何が、ございました?」
持ち主よりも先に届いた声の硬質さは、言い返そうとしてた村人達を青ざめさせるのには十分だったようで、留夫の声を聞いた途端村人達はさっとお互いに視線を逸らして俯いてしまった。
どよどよと先程までの勢いを削がれて村人達は口の中で何事かを言い合うと、怯えたように肩を寄せ合ってしまう。
留夫は傷と枯れ葉に塗れた捨喜太郎達を見下ろし、それから村人達に目を遣った。
にこにこと愛想良く何くれとまめに働く普段からは程遠いひやりとした目は、伊次郎の硬質な視線よりも更に冷え冷えとして、腹の底まで凍えさせるようだ。
「今度の祭りの要は、お客人だと言うてなかったか?」
「 し、しかし 留夫様 っ」
視線を向けられ、やっと声を出したらしい村人は身を竦めながら「留夫さん 」と小さな声で言い直す。
「……俺達はやっぱり 得心が行ってはのぉて 」
何を持って要なのか、何をして得心なのかが分からず、捨喜太郎は痛む体を楽な体勢にする事も出来ないまま、嫌な汗に塗れた額を拭う。
村人と留夫の会話の内容はさっぱり分からなかったが、このひりつくような空気の原因は自分である事は確かなのだ……と、捨喜太郎は必死にその内容を拾おうと話に耳を傾ける。
「何を好き好んでうちんとこの そん、……やらでなあかんのか……」
「そうや、訳ん分からん人間に 」
「村ん中の話ならまだ、気心も知れとってええやろが……他所の人間は……」
「それしか無い言うたやろが?お前んとこも、そっちも、もうあんな思いはしたく無いやろ?」
先程までの睨めつける視線を緩め、留夫は項垂れて今にも泣きそうな男達の肩を緩く叩いた。
慰めるような姿に、捨喜太郎は余所者である自分がいつの間にやら彼らにとって加害者となってしまったのでは……と、はっと胸を押さえる。
人の出入りの少ない閉鎖的な村で、その村独自の規則が存在するのは当然だ と、いつの間にか犯してしまったらしい禁忌を思って、先程までとは違う嫌な汗が背中を流れるのを感じた。
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