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かげらの子 72

 そうだ そうだ と声にならない言葉を漏らして飛び上がった。  弟達と遊んでいた時に悪戯に離れの押し入れを開けた瞬間、それが降って来たのだ。  ────蛇  足元に落ちた際に頬を撫でて行ったあのひやりとした鱗の感触を思い出すと、知らず知らずの内に体が震えて息が詰まりそうになる。悲鳴を上げる弟達に混じって、悲鳴すらも上げれないまま昏倒した自分の動きを思い出して捨喜太郎は小さく呻いて額の冷や汗を拭う。  しゅる と言う衣擦れとも違う長い物が擦れる音と、複雑な模様をうねらせる胴体、そして女の喉のように白く蠢く腹の白さ……  瞬きのしない、鏡面のような深淵の双眸…… 「ひ   」  その黒い瞳に映った自身の恐怖に引き攣る顔を思い出して呼吸が乱れた。  小さなその蛇に怯えた挙句に意識まで飛ばした捨喜太郎を父親は情けないと怒鳴り上げた。「長虫ごときに!」そう説教をする父親に反論をする事が出来ず、視線を逸らそうとする捨喜太郎に業を煮やした父親が蔵へと放り込んだ。  幸い山も遠いと言う事もあってそれ以降、生活の上で蛇と接触する事はなかった為にすっかり忘れていた と、息を整えながら思う。  あの出来事を思い出して震える手に視線を落とす。  どうしてあの小さな蛇がああも恐ろしかったのか、捨喜太郎は暗闇を見詰めながら自問自答した。  全身に力を入れて木の板を押し上げると僅かに外の温い空気が漏れ入ってくる。それに後押しされるように、捨喜太郎はもう一度力を込めて体を突っぱねると、上に置かれていた荷物がずれて行くのか、ず……ず……と土と何かが擦れる音がした。  伊次郎が連れ出されてからどれくらい経ったろうか?光の差し込まない暗闇の中では太陽の位置を知る事は出来なかったし、周りの音が聞こえない為に生活音で時間を計る事も出来ない。  ただ体感として随分と長い時間ここに居た。  伊次郎が合図を送って来たのを信じて息を潜めていたが、独りこの暗闇に閉じ込められるとそれが間違いだったのではなかろうか、大人しくしているようにと合図を受け取ったのは受け取り違いで、もっと他の意味があったのでは とふつふつと疑問が湧いて来る。  竹筒にあった水も飲み切ってしまい、空腹感が勝ってくると否定しても否定しても幾度も嫌な考えが沸き上がる。元々、人の感情の機微や言外の感情を読み取るのに長けている方ではないと自覚がある程の人間が、一瞬の合図をうまく汲み取れているとはどうしても思えなくなった捨喜太郎は、ずいぶん時間をかけた長考の末に逃げ出す事を決めた。

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