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かげらの子 77
「もう、お目覚めでしたか。ただいまお迎えに参ろうとしていたところでございまして」
祭り用の特別な衣なのか、生地も仕立ても普段とは段違いのそれを汚す事も厭わず、留夫は押さえつけられたままの捨喜太郎の傍らに恭しく膝を突く。
「番様のお支度も整いましてございますよ」
「な……?」
何の事だ と問いかける前に、留夫の指示で捨喜太郎はぐぃ と乱暴に引きずり上げられる。
留夫の気に障る程の丁寧さとはかけ離れた乱暴な手つきに揺さぶられ、捨喜太郎は睨みつけるしか出来ない。
二人に連れてくるように指示をして先導をするように留夫が歩き出すと、どんなに拒否をしようとも脇を固めた二人が引きずるように捨喜太郎を連れて行く。
「や め っどう言う事なのか、説明をっ」
「本来ならば明日の夜からでございますが、今年は例年通りではございませんので前日の夜より始めます事、どうかご容赦ください」
本当に心から申し訳なさそうに言い、わざわざ振り返って頭まで下げて見せるのに会話が繋がらず、捨喜太郎は透明な壁にでも遮られているか、人の皮を被った何かと話をしている気分だった。
「誠に申し訳ございません」
丁寧に謝罪するがそれは捨喜太郎を通り越して別の何かに告げているようで、気味の悪い居心地の悪さに捨喜太郎は口を噤む。
コトコト
カコカコ
この村に訪れた時から変わらない雀遣りの音が沈黙の中に響き渡る。
変わらない風景の筈なのに一変した雰囲気には、黄昏時に濃く落ちた影の中に魔物を潜ませているかのようだった。
カコカコと風がそよぐ度に響き渡る音に促されるように、捨喜太郎は頼りなげな苗が植えられたばかりの寂しさすら感じさせる田に目を遣る。
青く細い若葉が辛うじて水の中から顔を出し風に揺れる様は平和そのもので、これからの成長の息吹を感じさせて止まない。
薬を盛られた事も監禁されていた事も何もかもが夢だったのではと思わせるような長閑な日暮れは、眩暈を覚えそうな程静かで平和で日常的だ。
引きずられるようにして連れて行かれる捨喜太郎を村のあちこちから男が眺める。
「…………」
ひりつくような、嫌な視線だった。
暗い影に落ち込む顔に、射した夕日が爛々と目を光らせる。
感じるのは、妙な悪意 だ。
辛うじて段になっている階段を引き摺り上げられる時に細やかに抵抗をしては見せたが、男達にとっては些細な事だったようで騒ぎにもならないまま捨喜太郎は村の一番上にある伊次郎の屋敷へと連れて来られてしまった。
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