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かげらの子 79
それでも男達の警戒は解けないらしく、そろりそろりと力を抜いて行くのは牛の歩み寄りも遅い。
「 では、お体を清めます」
艶のある緑の濃い葉が沈められている桶に手拭いを浸して、伊次郎は二人の動きを後押しするようにそう声を掛けた。儀式に則ったような恭しい態度で伊次郎が近寄ると、二人はたじろいで怖気づいたようにそそくさと下がり、気まずそうに姿を消す。
「私を脅して 何をさせようと言うんですか?」
その問いかけに伊次郎は答えないまま捨喜太郎の服を脱がして喉元に濡れた手拭いを押し付けた。
青臭い葉の匂いに顔を顰めるも、ここでこの行動を拒否したならば宇賀に何をされるか分からない と、ぐっと堪えて肌の上を過ぎて行く手拭いの感触に耐える。
「…………これから何が起こるんですか?」
「 貴男の番である宇賀がおめがとなります」
「は?何を……宇賀は 」
『おめが』ではない と、本人が言っていた。
その際の心の落ち込み様を思い出して捨喜太郎はむっと口を引き結ぶ。
「おめがとなった宇賀と子を成し、この村に末永いお授け物をお授けして頂くんですよ」
「は ?」
まるで天気の話でもするようにさらりと零された言葉を聞き返そうとするも、話の内容が突飛過ぎてどう尋ね返せばいいのか分からず、捨喜太郎は跪いて足を拭き始めた伊次郎を見返すので精一杯だった。
「今年はそれに加えて、村の女達にも情けを授けて頂きます」
はっと顔を上げると、丸い顔をにこにことさせて留夫がこちらに戻ってくるところで、その手には伊次郎達と同じ黒い着物が持たれている。
「な にを 」
伊次郎の言葉以上に留夫の言葉が理解できずにやっと絞り出した言葉だったが、留夫はそれを気にする風でもなく笑顔のままだ。
「黒い祭服は初めてでございましたが、気の引き締まりまる良い漆黒でございますね」
「良い色だろう、敢えて艶のない物にしたのが良かった。今年は特に重要な年だし特別なのだから、今までにない色にしたかったのだ」
二人でそう言い合うと、ばさりと着物を広げて捨喜太郎に同意を求めるように笑いかける。
全く話が通じない二人に慄いて後退るが、あっさりと背中が壁についてしまって逃げ道はどこにもなかった。
「さぁ袖をお通しください」
「そ んな事より、私の質問に答えてくれ!」
伸ばされた手を払うとその衝撃で黒い衣が翻り、ばさりと重い音を立てる。
「貴男はこれから宇賀を孕ませ、村の女達にも子を授ける。なんら難しい話はないでしょう?」
艶の控えられたしなやかな生地の埃を払うふりをしつつ、伊次郎は至極簡単な事だと言う顔で言い、改めて袖を通すようにと繰り返す。
「な、何を言っているんですか……」
先程二人が告げた言葉を心中でもう一度噛み締めるように繰り返すと、嫌な汗がどっと噴き出した。
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