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かげらの子 82

「  宇賀 か」  そう問いかけたのに捨喜太郎の声は掠れてうまく出てはおらず、周りに人がいたらただ呻いただけに聞こえる。けれど座敷の奥の気配は飛び上がるような様子を見せ、そろりそろりと僅かだけ捨喜太郎の方へとにじり寄ったようだった。 「    さきたろ?」  囁くような声に乗って甘ったるい匂いが捨喜太郎の鼻腔をくすぐる。  きつい香の臭いを押し退けて自分の元に届く匂いに困惑して、捨喜太郎はふらふらとその場にへたり込んでしまった。 「あ ?  ぁ、 っ」  宇賀の匂いだ と思った途端に体中に鳥肌が立つ。  寒気のようにも思うのに火傷をした瞬間の様だとも思いながら、捨喜太郎は痛む下半身に意識を向ける。花薄荷の爽やかなこの匂いだ と呻き、呼吸と共に肺に入り込む性的に誘うその匂いに脳を嬲られると、知らず知らずの内に咥内に唾液が溜まった。  食欲にも似たその飢餓感に抗おうと首を振るも、それは何の役にも立たない。 「 さ、きたろ  」  心細げな宇賀の呼び声は途切れ途切れで、酷く具合が悪いのか荒く跳ね上がる息の音が大きく聞こえる。    その音を頼りにしたのか、誘われたのかは定かではなかったが、捨喜太郎はふらりと力の入らない体を揺らす。  這うようにそちらへと進むと、暗闇の中にちかりと何かが煌めく。座敷は暗くどこにも光源らしきもののない闇の中で、そのきらめきは酷く目立った。 「う が?君は……大丈夫なのか?あの後、  体の傷は……」  暗闇の中這うようにして近寄る捨喜太郎の指先に熱い物が触れる。  火傷をしそうな程だと思うのに、混乱で冷えた心を温めるような温もりでもあるそれに縋ると、「さきたろ 」と怯えて震える声が上がった。  闇夜のように暗い中に閉じ込められた宇賀の心情を思うと今すぐにでも抱き締めてやりたくて、見えない闇に手を伸ばして掻き抱くように華奢な体を引き寄せる。 「────っ‼」  鋭い悲鳴は絞殺される鳥の声にも似ていて、捨喜太郎は熱に浮かされかけた頭に冷水を掛けられた気分ではっと手を離した。 「宇賀⁉」 「 っ、さきたろ……」  不安げな声としゅるりと何かの擦れる音に、捨喜太郎はそろそろと手を伸ばして宇賀の体を探る。  指先だけの感触を頼りに腕、肩、……それから首に手を遣った時にそれに気が付いた。ごつごつとした無骨でささくれのある感触は編まれた藁縄に間違いはなさそうで、それがぐるりと宇賀の細い首に括りつけられているようだった。 「こ れはっ  こんっ こんなのは家畜にする事だろうっ!」  荒げた声に怯えるように身を竦ませた気配がしたが、構わずに捨喜太郎は手探りでその首に絡まる藁縄を辿る。  どこかからか一直線に伸びたそれを苛立ちのままに引っ張るも、余程しっかりと括り付けられているのか藁縄はぴくりともしない。 「少し、少しだけ待ってくれ!すぐに解いて楽に……」  なんとか引き千切れない物かと力を籠める捨喜太郎の腕に、熱い指先が絡まる。

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