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かげらの子 85

 美しい目に白金のような月の光が反射してきらりと煌めくのを嬉しそうに見遣ってから、捨喜太郎は視線を外したくないと言う表情を隠しもしないまま、けれどその訳の分からない原因を知る為に窓の方へと目を向けた。  この部屋は、互いの顔も見えない程の暗闇で、どこに窓があるのかすら分からない位だった。  光が差し込む程の隙間があれば部屋に入った時に分かった筈だ…… 「……」  部屋の空気がするすると開けられた窓から逃げて行くのが分かる。それに連れて夜気を含んだ森林の土臭い匂いのする清涼な風が入り込み、目が回りそうな程に濃く焚かれていたあのきつい臭いの香を薄れさせて行く。  そうするとすっとした酸素が肺に入り、それに促されて熱で熟れた脳味噌が徐々にはっきりするのが感じ取れる。 「  さきたろ 」  甘さを含んだ呼び掛けはまだ情事の熱が冷めていない事を物語っていたが、それでもがむしゃらに訳も分からず精が欲しいと訴えていた時の表情とは違っていた。  夢が醒めたような気分で捨喜太郎は肘を使って体を起こすと、自分の下でくたりと四肢を投げ出している宇賀を見下ろす。  昼の光の下で見たそれは白くとも健康的と言った印象を受けたが、今目の前にあるのは月の光に白く浮かび上がる艶めかしい物だった。  先程まで絡まり合っていたせいか肌の上には汗が玉のように結んで飾り立てているし、散々攻め立てた胸の尖りは美しい 薔薇色でつんと尖って主張し、まだまだ可愛がって欲しいと言っているように見える。捨喜太郎の物か宇賀の物か分からない白濁の液だけが、闇の中に見える白百合のようだ。 「 はなれな  やだ  」  捨喜太郎と同じように宇賀の声も嗄れており、訴える言葉は途切れ途切れだったが、捨喜太郎はそれが嬉しい事だとばかりに口角を上げて宇賀の額に口づけた。その触れ合いだけで、宇賀は気持ちよさそうに体を震わせて微笑む。 「どこにも  行かないで  」  情事の名残で上手く動かないのか、力の入らない腕を上げて宇賀は縋りつく。  華奢な体を抱き締めながら、捨喜太郎は「離れない」としっかりとした言葉を返した。 「 ──── 今度こそ」  黒い着物を頭からすっぽりと被ってしまえば煌々とした満月の照らす月夜とは言え、その姿は陰に溶け込むようだった。  先を行く宇賀は先程までの情事の名残を見せない足取りで倒木で出来た段差を乗り越えると、物言いたげな、具合を窺うかのような表情で捨喜太郎を振り返る。  夜に眠るように静かな木々の葉の間を縫うようにして落ちる月光に、ちかりと宇賀の瞳が青く反射し、どこか夢の中に誘われているのではないだろうかと言う気分で、捨喜太郎は「大丈夫」と頷く。けれど丸一日監禁され、続けざまに宇賀との房事で捨喜太郎自身は今にも膝を突いてしまいそうだった。

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