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かげらの子 96

 捨喜太郎にとって見た事のない男の子供に同情はするが、宇賀と天秤に掛けてまで気を傾ける相手ではない、ましてやそれが自分に敵意を向ける人間であり、宇賀の救出を妨げる相手なら尚更だった。  宇賀と自分とを隔てる。  その行為に腹が立って仕方がなく、捨喜太郎はその苛立ちを隠す事が出来ないままに口を開いた。 「じゃあ私になんか頼らなければいいだろうっ!私を招いたのは貴方達でっ妻を差し出すのを了承したのも貴方達だ!種を付けろと言ったのもそっちだろう!」 「やなかったらっ!先神さんが守ってくれんやろが‼︎」 「人に無理難題を押し付けてっ村の為と言ったのはそっちだ!私はそんな事したくない!」  ちり ちり と松明の燃える音が耳に聞こえる程になり、幾人もの足音と小さな怒声が捨喜太郎の元へと届く。  松明に照らされた範囲の端に辛うじて蛇達の姿は見えるが、それももたもたしていれば消えてしまいそうで、ごくりと唾を喉に押しやってからそちらへと駆け出した。 「っ!」  どんっ とした衝撃は今度は背中を殴られたものだと気付いた時には蛇の塊の中に倒れ込んでいて……けれどそのお陰で触れたそこにある物を咄嗟に掴んだ。 「  さ 、き    」  弱弱しい声が蛇のしゅるしゅると蠢く音に掻き交ぜられて碌に耳に届かない。  たかが蛇の力で……と思える程の勢いで引っ張られるのを堪える為に、捨喜太はぐっと奥歯を噛み締めて腕に力を込めた。 「  ──── ひ  なんや、あれ は」 「先神さんが  あかん  」 「 怒とんのか?  こん 村ん中…………」  一塊になって蠢く蛇を見て、村の人間達がざわりと動揺を隠す事なく狼狽え始め、「先神の祟りだ」と誰ともなく言葉が漏れる。  一人がそう言ってしまえばあっと言う間に伝播し、村人達は「祟りだ」「祟りだ」と言葉を繰り返す。 「  黙りぃや。   ──── 榎本様、今からでもお戻り下さいませ」  人々がさっと割れ、その奥から留夫が松明を持ってこちらへと歩み寄る。  にこにことした顔をしている筈なのに、手に持たれた松明の炎の揺れで映し出されるのは、その内面を表した鬼のように絶え間なく歪むものだった。 「   私は、  戻らない  」  笑みの形に細められた目が捨喜太郎を見、それから傍らの蛇ののたうつ塊へと動く。 「宇賀に、情けを掛けられなかったのですか?」 「何を   」 「宇賀はここから出られませんので、宇賀の伴侶と成られたのなら ……お覚悟をお決め下さい」 「連れて出るっ!」  そう叫んで捨喜太郎は渾身の力を持って蛇の絡まる宇賀の腕を引き摺り上げ、再び蛇に攫われない内にその身をきつく抱き締めた。

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