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落ち穂拾い的な 祝福

 窓から見える二人組は明らかに年若く、二十代の後半か三十代程に見え、しずるは何とも言えない悪寒を感じて瀬能を振り返る。 「榎本って人、幾つなんですか⁉︎」  ノートの感じから受ける印象では少なくとも三十代ではないだろう。 「幾つってー……僕よりかなり年上だし、だいぶ前に亡くなってるよ?享年は……幾つだったかな」 「…………」  仲睦まじそうに寄り添って再び車に乗り込む二人を眺めて、しずるは落ち着かなげに体を震わせた。 「────ふむ。『雄雌蛇』の村からオメガを出さないと言う願い。『弟御』のいつまでもここで待つと言う願い。これってなんだと思う?」 「……は?」  これ以上背筋の寒くなるような話は聞きたくない としずるは首を振ったが、瀬能はどうとったのか、若しくは敢えてそうとったのか、「不思議な話だよねー」と言葉を漏らす。  とんとんと画面を目で追いながら、何か思う所があるのか時折頷く様は、この日記が瀬能にとって有用なのだろう。 「この人ね、普通にオメガ研究で有名なんだけど、公になってない部分でオメガに関する眉唾話も研究されていてね」 「はぁ?」 「『おめがには、何か一つ、願いを叶える事が出来る力がある』って」 「は、はぁ⁉︎それが、村から出さないって事と、生まれ変わりって奴ですか?」 「うん。オメガが心底願った時に願いが叶えられるのではって話。榎本氏はこれを『祝福』って呼んでたようだけど、内容が内容だけにきちんとした資料が残ってなくてね」 「そ そ そんな  ファンタジーな……」  そう呻いて思わず消臭剤を探してしまうのは、以前にそれで幽霊退治が出来ると聞いたからだった。  どうにもこうにもその手の話を受け入れる事が出来ず、目の敵にしてしまうのは治しようがない。 「これを読むに、祝福は時間経過で薄れるものではなさそうだね」 「え  」 「やんごとない兄弟がいつの人物かは明記されていないけど、村が海に繋がっていたって書いてあるからね、それ以前からって考えたら……」 「えっそんな昔からですか⁉︎」 「何言ってんのさー、昔から神話の話もそれっぽいのあるし、オメガを詠んだんじゃないかって言われてる古い和歌も多いんだよ?『花の香に 誘われ見れば 君姿 抱けど切なく 朝も乱れて』とかね」 「えっと」 「花みたいないい匂いしてる人がいたから襲って朝まで頑張っちゃったよ!って歌」 「おっと」 「まぁそれは置いといて。結局、この『雄雌蛇』の祝福はこの村が、村として存在しなくなった為に消えたようだね。縛り付ける範囲が村だったからかな」  伊次郎と、彼が面倒を見ていた宇賀の子供が「村」が消えた事によって街へ行けるようになったのだとすればそうなのだろう。 「それ以外に消える要因はあったのかな」  ふぅん?と首を傾げる瀬能はしずるに答えを求めているようには見えない。  こうなってしまってはこの人はこちらに見向きもしなくなるのを理解しているしずるは、「お先に失礼しまーす」と声を掛けて部屋を出るのだった。 END.

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