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落ち穂拾い的な 兄弟
母は男にだらしない人で、物心ついてからこちら、母の愛人が何人いたのかは狭い家に一緒に暮らしていても分からなかった。
ただ時折、子供から大人になって行く私の顔を見ては何か物思うように塞ぎ込んでいたのだから、母は母なりに忘れられない相手がいるのかもしれない。
幸い、母の男の趣味は悪くなく、学のある人も多く母の子供である私を邪険にする人も少なかった。そう言う愛人達に文字を教わり、言葉を教わり……私自身もそう言う人物になりたいと思った。
愛嬌があり、人との関わりの上手な母に似ればよかったのだろうが、私はどうやら見た事もない父に容姿も性格も似てしまったらしい。顔立ちはどう頑張っても子供達の怖がりそうな物だったし、物言いもきついと言われては倦厭される。
それでも物を教える事は自身の楽しみであったし、怖がりながらも私から物を教わり、理解できた時に嬉しそうに笑う姿が好ましかった。
その生活が一変したのは、喪服を着た丸こい顔の男が訪ねてきたからだった。
「崎上留夫」と名乗るその男は私を見るなり目を見張り、作った拳をぶるぶると震わせて懸命に懸命に何かを抑え込もうとしていた。後から考えれば、死んだらしい父に生き写しだった私の顔のせいだろう、親の不貞の証拠を目の当たりにして何を思ったのか……
不貞しか知らない私には知る由もなく、ただ漠然とした申し訳なさだけを感じた。
初めて知る「伊左衛門」と言う父の名前も、父が眠るらしい墓を見ても何の感慨も湧かず、愛情も憎悪も感じないままで、以前から人に言われるように自分は情も何もない人間なのだろうと再確認した。
「伊次郎様には次代村長として務めて頂きますようお願い申し上げます」
墓参りも済ませ、もうここに来る事もないだろうと村を眺めながら茶を飲んでいる最中に、随分と年の離れたぽっと出のどこの馬の骨かもわからない妾の子に向かって、留夫は深々と頭を下げて懇願をして……
故人の遺した控え書きなど握り潰してしまえばいいものを、この男は自らその地位を捨てるのだと言う。
しきたりだから?
そんな居るか居ないかも分からないような神に縋って、黴どころか崩れて塵に還りそうな程古臭い言いつけを守って、安穏とした生活を手放すと?
「妻には暇を取らせました。本日より、私がこちらの些事一切を取り仕切ります。どうか留夫と呼び捨て下さるようお願い申し上げます」
冗談じゃない と拒絶して村を飛び出そうとした私の目の端に映ったのは、木々の影に隠れるようにしてこちらを窺うつぶらな瞳の少年だった。
酷く甚振られたらしい姿で、そこでじっとして体の回復を待っている様子のその子は「宇賀」と呼ばれていた。
片方の目は殴られた為にうまく開いていないようだったが、怪我のない方の目でじぃっと私を見詰めて何かを訴えかける表情に、心の何かを動かされて……
その子がこの村の人身御供なのは直ぐに気が付いた。
私の前では従順な留夫がその憂さを晴らすように彼を殴りつける、村の者は性欲の捌け口にする、ぞっとするような田舎の唾棄すべき習慣を従順に受け入れる彼が酷く気に掛かって……
私を見て、小さく笑って幸せそうにする彼をこの村から逃す為に、私はこの村に越してくる事を決めた。
END.
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