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落ち穂拾い的な 親子

 庭を駆けて行く子供の後ろを、甲斐甲斐しく一人の男が追いかけて行く。 「──── 元気なものだな」  二人の姿を微笑ましく見ていた捨喜太郎は背後で聞こえた父の声にはっと後ろを振り返る。  その拍子に足に走った痛みに顔を顰めつつも、傍らの椅子を差して勧めた。 「ええ。足が速いです」 「お前も速かったな」  そう言われて捨喜太郎は動きの悪い足を擦り、笑い声を上げながら逃げ惑う子供を眺める。 「まっすぐ走るだけなら」 「鈍臭かったからな。すぐに足を挫いてしまうから、勝負事には向かなかったな」  子供がこちらに向かって大きく手を振るので捨喜太郎が振り返すと、隣の父も軽く手を上げて振って見せている。 「……受け入れて頂けるとは思ってもいませんでした」 「何故だ」  父の横顔は鬼瓦も裸足で逃げ出しそうな程強面で、突然赤ん坊を連れ帰った長男をあっさり受け入れるようには見えなかった。 「確かに、突然、孫と教育係だ と二人を連れてきた時はー……」  吃驚した?  激怒した?  捨喜太郎は言葉の続きを待っていたが父はその先を言わない。  誰が産んだのか分からない赤ん坊と、息子を半死半生にした村の長と……  その二人をいきなり連れて帰ったのだから、それを受け入れた父の懐は凡庸と言うには程遠いものなのだろう。  そんな父の後継者が自分でなかった事に安堵すると同時に、弟には申し訳ない事をしたと常々思っていた。 「  可愛い子だ」  それだけを言って父は立ち上がり、自分を見上げる息子に向かってやれやれと言いたげに片眉をちょいと上げて見せる。 「 おとーさまぁ」  舌足らずにそう呼ばれる事のくすぐったさに捨喜太郎は微笑むと、黄色い花を二輪持って駆け寄ってきた子に向き直った。 「おじーさま も」  そう言って二人にそれぞれ黄色い花を手渡して満悦そうだ。  艶のある黒髪と、つぶらでどこまでも澄む湖面のような双眸が印象的な可愛らしい顔立ちをしている。  けれど……その口元に薄くあるのは、赤い雫を垂らしたかのような痣だった。耳元には花弁のような形の……そして紫に深く光る黒髪を撫でてやると隙間から薄く鱗紋が覗く。  宇賀の肌にあった物と同じ物が…… 「おとーさま?」 「……いや、何でもないよ。綺麗な花をありがとう」  捨喜太郎はそれを見ながら、これ以上の痣が増えない事を祈った。 END.

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