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お可愛いΩ お可哀想なα 55
さっと辺りを見回たして、もう一度何か聞こえないかと今度は息を詰めて耳を澄ます。
「 やだっ 放してっ」
シュンの声に間違いない!
それに、その切羽詰まった内容は……
「 っ」
はっきりと声の聞こえた方へと駆け出し、耳の奥で血の気の引いて行く音が響いたのを振り払うように首を振った。
遅かった?
ぞっとする想像が脳裏をよぎったけれど、放して と声を上げているのだから最悪なことにはなっていないはずだ。レンガで舗装された道を逸れ、低い生け垣を飛び越えて落ち葉が積もった林の中に駆け込むと、爪先がこつんとスリッパを蹴飛ばした。
茶色に寮の名前の入ったそれは、寮で用意されたもので……
「やめてってばっ!」
ざわっと体中が総毛立って、虎徹先生の話にあった「質の悪いα」を思い出す。
「シュンっ‼」
できる限り大きな声で叫ぶと、少し先の辺りからガサガサと枯れ葉を蹴散らして荒らす音が幾つも聞こえて来て、オレは首から下げた防犯ブザーをぎゅっと握り締めながら大股でそちらに駆け寄った。
「 っ 、六華く っ 、 」
いつもハキハキっとしたシュンの声が上ずるように鼻声だ。
手に持った懐中電灯をそちらに向けると、光の筋の中に木に押さえつけられたシュンの足と傍に立つ三人の足を浮かび上がらせる。
覆面をしたαらしい大きな体格の三人に囲まれて、小柄なシュンは怯えて震える小動物だった。
ヂリ……と怒りで脳の奥が灼けそうな音を立てる。
「その子を放してください」
できるだけ荒げずにそう言うとさっと六つの鋭い視線がこちらを向いて、一拍の間の後にクスクスとした笑い声が投げつけられる。明らかに嘲笑の意味合いのそれにくっと息が詰まる感覚がした。
三人は、オレが来たことなんか意にも介さないような雰囲気だ。
防犯アラームを握り込んだ手に力を込めながら、じり と距離を詰めてもう一度「放してください」と告げる。
「えー?放したらさぁ、君が代わりに遊んでくれるわけ?」
一人の言葉にクスクスと笑い声が付き従う。
「……今なら、オレ達が帰ればそれで済む話です」
その笑いに負けないようにしっかり顔を上げて告げると、三人は少し意外そうな顔をして視線で何かを探り合った。
それが何の合図かはオレにはわからなかったけれど、ただ一つはっきりと分かったのは、このα達はせっかく手に入れたΩを逃がす気はないようだし、あわよくばΩに見えるオレも捕まえようとした意思だった。
「三対一より、三対二の方が楽しめるよな?」
舌なめずりをするような声のトーンに全身に鳥肌が立つ。
考えるとか躊躇するとか一切考えずに、本能に従って一気に首元の防犯ブザーの紐を引き抜いた。
「 ────っ」
聞き慣れない警戒音は独特で、夜の闇に遮られることなく林を抜けて高らかに響き渡る。
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