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お可愛いΩ お可哀想なα 57
「オレの靴履いて!それからこれを持って寮まで走って!先生が探しに来てくれてるから!」
「だって!六華くんは⁉」
「シュンを抱えてじゃ、追いつかれちゃうから、ほら行って!助けを呼んできて!」
ぐっと背中を押し出す。
悪態を吐く声はもうそこまで迫っていて……
「オレが三人を引き付けるから!」
なんて……これ、フラグだよと思わなかったわけじゃないんだけど、精一杯にっこり笑って「走ってっ!」ってもう一度叫んだ。
一瞬躊躇したように見えたけど、シュンは弾かれたように走り出して……
それと三人が追いついたのはほぼ同時だった。
オレが護身術の師匠から教わったのは、自分と同じように体が小さくて軽い人間は押さえ込まれないようにしろってこと、それから……力を入れなくても昏倒させることのできる箇所を狙うってこと。
「 がっ‼」
「よしっ」
くるん と一回転して地面に着地すると同時にどさりと重い音がする。
うまく顎を蹴り上げることのできたαはぐらりと体を傾げて倒れてくれて……ほっとしながら二人にも気を配る。仲間が倒れたのを見て引き上げてくれないかな?なんて淡い期待を抱いたけれど、αの特性なのか個人の性格なのか、二人は怯むどころかむしろ躍起になったようだった。
「ふっざけんな!オメガはオメガらしく大人しくしろよっ!」
「アルファ様が抱いてやろうって言ってんだろ!」
やけに響く舌打ちの音と、二人同時にこちらに向かって突っ込んでられてさっと飛び退く。
「『サラの子供』は大人しく股開いてろよっ‼」
「!」
こちらに伸ばされた手を蹴り飛ばし、その不愉快さにきゅっと眉間に皺が寄った。
「そんな古臭い差別用語使うなんて、もしかしておじーちゃんなのかな⁉」
「はぁ⁉うるせぇ」
『サラの子供』は、かつて大事件を引き起こした原因となったΩが元になった蔑称だ。
オレ達の世代では使う人もほとんどいないし、蔑称だって言われて育ってきたからそれを口にするのを嫌がる人も多くて、授業くらいでしか聞くことはないけど……
聞いた相手が鼻白む程度には育ちの悪さを感じさせる言葉だった。
「ヤられるしか能がないくせに!アルファに媚びて、タネを貰ってありがとうございますだろ!」
「何勝手なことばっか言ってるんだ!アルファがそんなだから!オメガがのびのび生きて行けないんだろ!アルファなら、オメガを守ってやれよ!」
幸い、二人の目的はオレを押さえつけることだからか攻撃的なことはされていないけれど、多分……この片方の人は武術とかなんかそう言ったことをやっているような感じがする身のこなしだ。
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