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落ち穂拾い的な お化けなんていない
血の気を引かせて真っ青になった顔でこちらを振り返る六華に、「は は は」と笑いが溢れる。
「おい!見たか?スッゲェ顔」
男はカウンターに立っていた時とは様子を一変させ、腹を抱えてゲラゲラと笑い出す。
あまりにも下品な笑い声をあげるせいか、店の奥から出て来たもう一人の若い男は眉を顰めるようにして見遣っている。
「おばけでも見たって顔してんの!」
そう言うとまたひとしきり、何が楽しいのかと聞きたくなるほど大声で笑い、やがてふつ とそれを止めた。
まるで電池が切れたような、そんな止み方だったせいか、男は怪訝な顔をする。
「 ────仙内さん?」
「ああ、おばけだったな」
ぐりん と首を自分の方に向けられて、男は化け物にでもあった気分で思わずヒクリと肩を跳ねさせた。
そんな男の恐怖心を慮りもせず、仙内は頭をぐらんぐらんと揺らす。
「ベッド下の ブギーマン」
唇の端を吊り上げると「ひひ」と笑い声が漏れる。
引き攣るようなその笑い声は人のそれと言うよりは本人の言う通り、どこかの隙間からぬるりと現れそうな化け物の笑いに近い。
「…………あ゛ー……めんどくせぇが、顔も見たしそろそろ行くか」
「よろしいんですか?」
「よろしいも何も、長居してるとほら、鼻のいい犬が嗅ぎつけてくるからよぉ」
面倒そうに髪を掻き、仙内は黒い煙草を咥えて火をつけた。
そうするとつん とした日本では馴染まない独特の臭いが広がって……
「ちょっかい出すのは、もう少ししてからでも遅くねぇよ」
ひひ と笑いながら歯の隙間から煙を吐き出す。
「とりあえず、森ん中に出る化け猫が先だ」
そう言って店の奥に消える仙内の後を追いながら、若い男は「公園の林です!」と訂正を入れた。
END.
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