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落ち穂拾い的な 白い石とセツ

 衣裳部屋にしていた部屋の中にあったものをすべて放り出し、後は注文をしてある家具を待つばかりだ。  自分の息子の成長を面白く思いながらも、巣だって行くような一抹の寂しさを感じさせる出来事に小さく苦笑を零しながら、今後銀花一人のものとなる部屋のドアを開けた。  自分が留守の間は六華がずいぶんと頑張ってこの家を清潔に保ってくれているようで、実際はそこまで本腰を入れて掃除をしなければならないと言うことはない。  現に見渡した部屋は男兄弟の部屋と言うには、あまりにも綺麗だ。  吊るされた制服を見て、大きくなったと改めて思う。  仕事 と言って、随分と二人との時間を避けてしまっていたせいか、折に触れてそう感じる。 「…………」  上からは、もうそろそろ落ち着いていろいろな場所に飛び回るのはやめろ……と注意を受けてはいた。  けれど……  年を追うごとに似てくるその姿を真正面から見続けるには、勇気がなさ過ぎた。  小さく華奢な、今にも消え入りそうな…… 「はぁ」  心構えもないままに顔を見ると飛び上がりそうになるくらいには似ている。  銀花に部屋を占領されて衣裳部屋で服に塗れて寝ている姿は、随分と昔に見せてくれた巣作りの姿にそっくりだった。  もう、見ることは叶わないのだろうけれど……  風を通すために窓際に歩み寄ると、目の端にちかりと白く光るものが見えた。  何かライトがつくようなものでもあったか?と、怪訝に思いながらそちらに目を遣ると、掌に握り込めてしまいそうなサイズの白い石が棚の上に転がっていた。  その石の割れた部分が、光を受けてキラキラと小さく幾つもの乱反射を生んでいるようだ。 「この……」  手に取る前に分かるのは、ある角度から見ればそれはハート型に見えると言うこと。 「なんでこの石がここにあるんだ?」  思わず手を伸ばそうとしたけれど、火に触れたように身が竦んでしまった。  白いぼこぼことした表面と割れて欠けた中に見える縞模様と小さな結晶は、見間違えるはずもないものだ。  自身が、求愛のために一生懸命集めたものの中の一つだ。 「…………」  結局、触れることができないまま逃げるようにその部屋から飛び出すしかなかった。  歪な形の研究所に入ると、警備員が「あれ?」と首を傾げる。 「阿川さん、おかえりなさい。しばらくはお休みって聞いていたと思うんですけど」 「ははは、結果の気になる研究があって」 「ワーカホリックですねぇ」  ほぼ毎日いるせいか、ここに住み着いていると思っているかもしれない警備員に促されて、予定外の来所に関する手続きをする。  例え職員でも、予定にない場合は事細かく来所理由と身分証明と、バイタルチェックのための器具の着用が義務となる。 「ではお進みください」  形だけの案内なのだけれど、それでも規則である以上言わなければならないのか、警備員はそう言って目的地に続く廊下を指差した。  相変わらず曲がりくねってあちこち左右にふらふらと続いて行く廊下も馴れたものだった。もっとも、この休み明けにはその馴れた道も変わってしまっているかもしれない、ここはそう言う場所だ。  中庭に面した比較的真っ直ぐな廊下を歩いていると向こうから、と と と軽い足音が聞こえてくる。  ともすればそのまま飛んで行ってしまうのではないかと思わせるような足取りは、まっすぐにこちらへと向かってきていた。 「   」  足を止めて、ぐっと奥歯を食いしばる。 「やっぱりきた!」  こちらを見上げるとぱぁっと碧い瞳に光が弾け、白磁のような頬に赤みが差す。 「セツねぇ、お迎えにきたよ?」  柔らかな銀にも近い金髪を揺らして首を傾げる姿を無表情に見下ろして、こちらに伸ばされた手を拒絶のために押し返した。 「あ  」  小さく軽く、性差を感じさせないような体はそれだけでふらついて廊下に倒れ込みそうになるほど華奢だった。  一瞬ぷうっと頬を膨らませて不満を見せたが、すぐにはっと思い悩む素振りを見せた。 「セ セツは役に立たなかった?」  不安そうにこちらを見上げられるとそれだけで、胸の奥をごっそりと持って行かれそうな恐怖が体中を冷やす。 「……いや、   お陰で、助かった」  それは礼と言うには失礼過ぎる言葉だったのに、セツは満足そうに鼻息を荒くして頷く。 「じゃあ、今度は海につれていってほしいな!」  にこ と零れた笑みに添えられた碧い瞳が仄かに光るようなきらめきを見せて…… 「ここから出れるわけないだろ!」 「だって、海に下見にきたって朝にいってたでしょ?」 「あれは方便だ」  そう言うとセツはショックを受けたようにびくりと身を竦ませる。 「あの時、あそこにいた理由を他にどう言えって言うんだ」 「セツが教えた じゃだめ?」  『六華ちゃんたちが、あぶないよ』  その一言で向かったなどと言って、誰が信じるというのか……  イライラとしながら踵を翻すと、「かえるの?」と心細げな言葉が聞こえて思わず足が止まった。 「礼は言った。これ以上の用事はない」  振り返ってそう言うと、こちらを見上げるセツの瞳には冷徹な自分の顔が映っている。  不安そうに揺れるのかと一瞬どきりともしたが、それを裏切ってセツは碧い瞳を細めてにこりと微笑んだ。 「じゃあ、いつか連れていってね」  にこにこと屈託なく返される笑顔に耐えかねて、今度こそとばかりに歩き出す。 「   お願いね」  背中にそう言葉が投げかけられたけれど、振り返ることはしなかった。 END.

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