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落ち穂拾い的な 理由

 きょときょと……と空いた席を探す後輩を見つけて、俺はこちらに気づくように手を振った。 「四月一日先輩!」 「ここ、空いてるよ」  「わぁい!」って顔をしてこちらに駆け寄ってくる後輩は、着席するといそいそとお弁当箱を取り出して嬉しそうにしている。  本来、ここの食堂が混むなんてことはそうあることではなかったけれど、本日は研究所内の売店が工事のために使用できない結果、この混み具合となった。  後輩の広げるお弁当は相変わらず彩も良くて種類も多く、何よりおいしそうだ。 「料理……上手なんだな」 「え⁉これですか⁉まだまだっ全然です」  謙遜かとも思ったが、ぱぁっと赤みのさした顔は褒められて嬉しいと言う感情を素直に伝えてきていて、微笑ましく思いながらおにぎりを包んでいたラップを小さく丸める。  こんな体になってからやっと食事に気を遣うようになってきたけれど、今までのツケが回って来たのか健康に気を使ったとは言い難いものばかりだし、同じような物ばかりが出来上がる始末だった。  どうにかできないものかと料理本も覗いては見たが……  テーラーメイドの抑制剤を作る方がよっぽど簡単だ。  挙句、忙しい合間を縫って料理をする時宝の方が上達が早いときた。 「なんだか、落ち込むなぁ」 「うん?……マタニティブルーですか?」  色鮮やかで美味しそうな人参のサラダに伸ばした箸を止め、きょとんと尋ねてくる。 「うーん……かなぁ」 「涙もろくなるって言いますもんね」  今のところ、その涙もろいってとこは実感はない。  むしろ鳴いているのは時宝の方だ……  昨日もムラムラに任せて散々イジメ倒してしまった。 「ああ、でも、どきどきはしてるかな」 「ですよね!もう来週には産休ですよね」 「うん、五十嵐にも阿川にも迷惑かけるけど」 「全然っ!迷惑じゃないですっ!」  食い気味にそう言われて、「はは 」と笑うしかない。 「育休はどれくらいとるんですか?」 「ん?んー……」  実は、考えていなかったりする。  そんな無計画な!と、この後輩ならば叫びそうだけれど、どうなるかわからないから計画の立てようがないんだ。  それでなくとも、Ωの男型は出産には向いてない体だし、ましてや俺は体も小さく貧弱なせいで……  瀬能先生には事前の検査も含め、長めの入院を勧められているし、余程の事情がない限りはここの病院で産むように勧められた。  胡散臭くて人を脅すし何しでかすかわかんない訳わかんないし、人をモルモットのように見ている人だけれど、そのことを告げる際の表情は真剣な物だった。 「体調を見ながら……かな」 「先輩の留守の間はオレがいるんで安心してください!」  入ったばっかの奴が何言ってんだ?の言葉は飲み込んで、「ありがとう」と小さく返す。 「でも、出来れば……早く戻ってきて欲しいです、先輩からいろいろと教わりたいし」 「…………」  頬を赤らめながらそう言われて、以前の自分だったらどうだっただろうか?  媚びを売って と思ったかもしれない、けれど今は素直に嬉しいと感じる自分に驚きだ。  ホルモンのせいか、それとも……?  時宝のおかげ か。 「熱心だな。何か目標があるのか?」 「はいっ!…………あの、友達の、力になって上げたくて。だから、解明したいんです、バース性を」  キラキラとした目に圧倒されそうになりながら、それでもその眩しさに唇の端に笑みが浮かんだ。 「バース性がもっと解明されて、運命や番に対処できる薬や外科的な方法を見つけることができたら……」  それまで光に満ちていた後輩の目が一瞬陰ったように見えたのは気のせいだったんだろうか? 「オレでもモテるかもしれないじゃないですか!」  力まれて言われても……知らないってば。 「社会人になったら勉強会と称したコンパがあるって聞いてたのにぃ」 「それ、偏見。元々、そんな時間があるなら顕微鏡覗いてる方がいいって奴らばっかだから」 「う゛う゛う゛う゛う゛」  悔しそうに不貞腐れると頬がぷっくりと膨らんで、面白いから空気が抜けるまで突っついてみることにした。 END.

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