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第1話 あなたは僕の運命の人【賢太郎】

 藤宮(ふじみや) 賢太郎(けんたろう)は、自身をロマンチストだと自覚していた。  いつか自分にも、運命の人との出会いがあったら……と、ドラマのような恋愛にも憧れていた。その女性(ひと)は、可愛らしく目をキラキラさせて、細く柔らかい身体で、自分の腕の中に飛び込んで来てくれるのだろうか……。  そんな夢を見ていた。  賢太郎に、運命の出会いが訪れたのは、二十四歳の春のこと。  そして、運命のお相手は、それまで彼の恋愛対象だった女性ではなく、男性だった。しかも、取引先の幹部候補だった。  賢太郎は、ハウスメーカーに就職して三年目の営業マンだ。身長百七十八センチと長身だが、顔立ちが可愛らしいため、それほど圧迫感はない。色白で細面。目はそれほど大きくはないが、はっきりした二重で黒目がち。下唇がふっくらしている。真っ直ぐの眉や細すぎない鼻柱とも相まって、「子犬っぽい顔」とよく言われる。どんなお客様にも好感を持ってもらえるよう、学生時代は染めていた髪は、黒く戻した。癖っ毛を落ち着かせるため、髪は長めにしている。  まだまだ下働きが多い三年目社員だが、最近、先輩社員をアシストして提案・受注したお客様の住宅建設を、ある工務店さんに引き受けていただくことが決まった。  お客様にとっては、一生に一度の大事なお買い物だ。何度もお客様と打合せをしていると、必然的にそのプランには思い入れが湧く。お客様の希望に添った家を作ってくれそうな工務店との取引が無事に決まり、賢太郎は達成感に満ちた気持ちで、工務店との打合せに向かった。  ……それが、運命の出会いの場になるとも知らずに。  賢太郎の勤める『Aハウス』から、部長と課長、主任、賢太郎の四名が『三國(みくに)工務店』に伺った。先方からは、部長、課長、Aハウスとの直接の交渉・調整を一手に仕切った実務担当の江川(えがわ)係長の三名が出席と聞いていた。  三國工務店に到着し、受付の電話で、賢太郎が江川係長に連絡を入れる。 「Aハウスの藤宮です。今、御社の受付に参りました」 「今、お迎えに上がります。そのままお待ちください」  江川係長も、商談がまとまったことを上司にアピールできる場だからか、いつもより声が弾んでいた。  江川係長に応接室に案内され、少し待っていると、モデルのような甘い顔立ちで長身の三十歳前後の男性を先頭に、以前見たことのある課長、そして江川係長が応接室に入ってきた。 「Aハウス様、いつも大変お世話になっております。この度もお引き合いありがとうございます。お客様に喜んでいただける家を必ず仕上げます」  先頭に立った長身のイケメンが、笑顔で部長と名刺交換をした。 「……ほう、三國部長……。ということは、次期社長、ですかな?」  部長が受け取った名刺を眺めてサラリと聞くと、イケメンは、肩を竦めて軽く苦笑いした。 「弊社の社長は、確かに僕の父です。ただ、彼は実力主義ですので、僕が後継者に指名されるかは分かりません。社内では、僕なんかより、女だてらに現場の職人をがっちり掌握している姉が次期社長だろうって、みんな言ってます」  三國部長は、目や眉が、顔の中心に近い。眉は太い弓型で、二重の目元が甘い。鼻や口元は繊細な印象を与える。髪型も、普通のサラリーマンらしからぬ長髪だ。ビジネスマンというより、アーティスト気質が強そうだ。建築業界ではデザイナーに多いタイプだ。賢太郎より上背がありそうなので、身長は百八十数センチだろう。手足は長いが、肩や胸板、腰などはしっかりしていて、まさに『工務店の社長のジュニア』として申し分のない、恵まれた体格である。 「いやいや。部長のビジネスセンスは、社長も認めるところですよ。今回も、うちでは扱ったことのない輸入建材を、海外の商社を通じて取り寄せて、予算とイメージにぴったりの提案ができたからですし」  工務店の課長が露骨にゴマをすっているが、当人は、それほど気に掛ける様子もなく、淡々と名刺交換を続けていた。課長、主任に続いて、賢太郎の番になった。 「Aハウスの藤宮 賢太郎と申します。いつも大変お世話になっております。」 (うやうや)しく名刺を差し出した賢太郎に、三國部長はにっこりと微笑みかけた。 「江川から、いつも聞いてますよ。藤宮さんは熱心な営業さんだって。お客様のためだけでなく、工務店側の事情も汲んでくれて頼もしいって。これからも、よろしくお願いしますね」  彼は、名刺交換の後、右手を差し出してきた。 (フランクな部長さんだな。お名前は『輝』、アキラさんか……。あんまりヨイショされるのは好きじゃなくて、出世よりも現場が好きなのかな?)  賢太郎は、一瞬の出会いでも輝に好感を持ち、素直に彼の手を握った。  その瞬間。  『走馬灯』という表現が生易しく思えるほどの猛烈なスピードで、賢太郎の脳裏に、鮮烈なイメージが次々に展開された。  戦国時代の地方武士の屋敷と思しき場所にいる。長の位置に座っているのは、若い輝だ。賢太郎は、彼の家に仕える下級武士のようだ。そして、賢太郎は、輝に口付けられ、同衾していた。しかも、これが初めての風情ではない。二人は、心から愛し合っているようだった。 (な、なに……?! このイメージは……)  あまりに荒唐無稽なので、賢太郎の理性は必死に否定しようとしたが、本能は既に自分が見たものを理解していた。『自分が今見たイメージは、輝と自分の前世だ。輝と自分は、前世で恋人同士だったんだ』と。  膨大な記憶が一気に蘇った刺激で、賢太郎は顔面蒼白になり、その場にうずくまった。 「だ、大丈夫?! 藤宮君!!」  心配する三國部長やAハウスの上司に、タクシーに乗せてもらって、そのまま退勤したようだが、賢太郎は、その日、三國工務店を失礼した後のことは、はっきり覚えていない。  彼は自宅へたどり着くなり、ベッドに倒れ込んで、こんこんと眠った。  夢の中でも前世を思い出していた。前世の輝と賢太郎は愛し合っていた。しかし、武将の家長と下級武士では、所詮、身分違い。しかも、輝は世継ぎが必要な身。隣国の有力な武将の娘を妻に貰うことになっていた。賢太郎は、自ら身を引き、しかし他の人を愛することはできず、生涯独身を貫いた。  輝は、亡くなる死の床で賢太郎に言い残した。 「生まれ変わったら、来世では、お前と一緒になりたい」 「生まれ変わった俺を探してほしい」と。

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