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白根はしばらく迷ったのちに口を開いた。
「できれば僕も刑務所に入りたい。松岡から銃を渡されたとき、彼に殺人も辞さない決意があることはわかっていた。止めなくちゃいけなかったし、せめて銃を処分すべきだった。銃の隠匿よりも罪はずっと重いんです。松岡がハイジャックなんて計画を立てた責任は僕にもある……」
一気に話してしまって大木戸を見ると、彼は居心地悪そうに視線を泳がせた。そしていきなり身を乗り出して白根の手を握った。
「君は……困った奴だな!いいよ、今俺に言ったことを裁判官に言いなさい。改悛してると思われるだけだけどね。銃を預かっただけで、そこまで責任を感じる必要はないし、むしろ傲慢じゃないか」
「はい……」
大木戸は手を握ったまま深い溜息をついた。
「君を抱き締めたいんだけどね、怪我人にそんなことできないからなあ……」
男の肌が躰に触れる感覚を思い出して、白根は頬が熱くなるのを感じた。
「君はまだあいつに思いが残っているんだな」
「そんなこと……」
ない、とは言い難かった。
「まあ、三年も引きずっていたものを、数日で断ち切れるわけもないか」
白根はうつむいた。松岡がどんなに人道に悖《もと》る計画を立てそれに白根を巻き込んでいても、そう簡単に気持ちを切り替えられるわけではない。犯罪に加担してしまったという後悔とのせめぎ合いのなかで、せめて同じ刑務所に入ることができたら、などと考えてしまう。
「ねえ白根くん、裁判では自分に責任があるだなんて必要以上に言っては駄目だよ」
「……それは、銃と知っていて隠したのは反省しています、でもそれ以外は知りませんし僕に責任はありません、ということですか?」
「そうだよ!当然のことだ。弁護士だってそう主張するさ」
確かにそれは正論ではある。敬子とその家族、旅館の従業員のことを考えれば、いたずらに罪を大きくして裁判を長引かせるわけにはいかない。白根自身のもやもやとした思いは押し殺さなければいけないのだ。
「ああそういえば、言い忘れていたことがあるんだ」
「なんですか」
「好きだよ」
「今言うことですか?」
「……駄目だったか……」
大木戸の手は湿っていた。
気の毒だが、やはり応える気にはなれなかった。
「ひとりで考えさせてください。僕の裁判、案外早く始まりそうなんです」
「ああ、そうなんだね。怪我も治らないうちから取り調べで、君も疲れただろう」
「貴方と話してるのが一番疲れる」
「はは、振られちゃったなあ」
明るい声でおどけながらも、大木戸は名残惜しそうに白根の手を撫でてから立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
大木戸は部屋のドアを開けたところで振り返った。
「白根くん、負けるなよ」
扉がゆっくり閉まった。
白根は左手で右手の甲に触れながら大木戸の座っていた椅子を眺めていた。
これから松岡の裁判が始まったら、白根は証人として出廷することになるだろう。そのときに、松岡の顔を真っ直ぐ視ることができるのだろうか。彼に罪を償わせるために、証言することができるだろうか。
恋を終わらせることができるだろうか。
脚の傷が、じりじりと疼いた。
─了─
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