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Ⅰ フリュードリヒ・ヴィルヘルム⑤
「殿下!」
「言うな」
あの人を兄に持ったさだめだ。
あの人の弟として生まれた、我が身の運命を呪うよりほかあるまい。
「それに、その呼び名はよせ」
「ですが殿下」
「俺は『殿下』ではない」
王位を放棄した俺は、もう王子ではなくなったのだ。
「それでは、閣下」
「『閣下』もよせ」
俺は辺境制圧軍第3分隊を率いる司令官であるが。
「ガラじゃない」
「それでは……」
……と言いかけるも、従者は口ごもってしまった。
「なんと、お呼びすればよろしいですか」
「名前があるだろう」
『夏月』という名が。
「畏れ多い!嫉妬されますっ」
「えっ?誰に?」
俺はもう王族じゃないから、名前で呼ばれるのも普通じゃないのか。
「あなたは普通です。が!普通でない方が」
「閣下!」
バタンッ
ドアごと倒れそうな大音響が司令室に轟いた。
「閣下と呼ぶな。夏月という名がある」
「そんな事よりも、限界ですッ!」
我が名を『そんな事』呼ばわりするとは。ずいぶんな威勢だな?
どこの小隊の者だ。
否。
(彼は……)
兄上のお中元を届けに来た従者か。
(別室へ運ぶよう伝えたが、待機していたのか)
「閣下!事は急を要します。一刻も早くお越しください」
「お、おぅ」
彼の剣幕に気圧されて、頷く事しかできない。
「お中元は……」
「隣の部屋です!」
「お、おぅ」
お中元の検分とは、これほどまでに重要任務だっただろうか……
「閣下、こちらです」
「ほう……」
思わず溜め息が漏れた。
「これは見事な」
ヴィルヘルム家の家紋をあしらったペルシャ絨毯だ。
紅い薔薇と青い薔薇に絡まる蔦のコントラストが鮮やかだ。
美しい絨毯は職人が何年もかけて織ったのだろう。
使えば使うほど。飴色になるほどに色合いを増して味わい深くなるという。
「ありがとうと兄上に伝えてくれ。末永く使わせて頂くぞ」
「あ、閣下」
……ん?
「まだなにか?」
お中元の検分は済んだ筈だが。
「どうか、絨毯の柄ゆきをご覧ください」
「えっ。ここで広げると部屋に運ぶのに面倒だからいい」
「そんなこと仰らずゥゥゥーっ!!」
「うわァァァ~」
従者に腕を掴まれ、絨毯の前に引き戻される。
もご。
………………えっ。
いま、絨毯、動かなかった?
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