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第5話

「癌て......何時からなんだ?」  俺はあまりの衝撃に何をどい言ったらいいかわからなかった。だが、もっと衝撃だったのは、その後だった。 「もう十年くらい前.....腫瘍が出来てるって言われたのは。でも進行が遅いから大丈夫って。一度は抗がん剤で小さくなったんだけど...」 ー完治できなかったー と彼女は言った。 「元々完治は難しいって言われてたの。だから.....」 「だから?」 「あなたの子どもが欲しかった。自分の生きた証が欲しかったの。だから、あなたが香港に戻った時、ちょうど状態も良かったから、薬を止めて、なんとかあなたの子を授かりたいと思ったわ。対立する組織に狙われて日本に発たなきゃならないって聞いて、決心したの....ごめんなさい」  「なんで病気だって言ってくれなかたんだ!?」 「本当にごめんなさい.......あなたはきっと反対したわ。それに私が病気だなんて言ったら、治療費のためにもっと無茶をするでしょ?.....私はあなたの枷になりたくなかった」  俺は言葉に窮した。その対抗する組織のボスの情人に収まり、他の事は何も目に入らなかった。 「君に....君にもしものことがあったらユーリはどうするんだ!?」 「あの子は本当の事は何も知らない。スペインの祖母に預かってもらえるよう頼もうと思って....だから、最後にあなたにあの子を会わせたかったの」  項垂れるレイラに俺は掛ける言葉が見つからなかった。と、その後ろから聞き慣れた低い響きのよい声が響いた。 「その必要はない」 「ミーシャ?」  ミハイルの夜目にも見事な獅子の体躯が後ろに立っていた。 「ラウルの息子は、私の養子にする。ラウルは私の片腕だ。レヴァントの跡取りとして私が育てる」  いきなりのミハイルの発言に俺もレイラも硬直した。 「でもマフィアなんて....」  言い掛ける俺の唇にミハイルが指を充てた。 「レヴァント-ホールディングスの跡取りだ。時期CEOに相応しい人物に育てる」  目を真ん丸くしたまま、言葉の出ない俺にミハイルは続けた。 「その前に、レイラ-ターナー、君はきちんとした治療を受けたまえ。この旅が終わったら、速やかに入院するんだ。手筈は整えてある」  涙ぐむレイラの肩をミハイルの大きな手がそっと押した。 「行きたまえ。坊やが待ってる」  レイラが深く頭を下げ、手を振るユーリの方に歩み去るのを見守る俺の傍らで、ミハイルが溜め息混じりに言った。 「本当に女というのは、浅はかだな.......そして憐れだ」 「悪いのは俺だ。彼女じゃない.....」  彼女の傍にいながら、何もわかっていなかった。何もしてやれなかった。気付けなかったいや、気付こうとしなかった俺が悪いのだ。 「お前をどうしようもなく愛してしまった私にも罪はある。......この程度のことで罪が購えるとは思わないが....」  肩を抱くミハイルの腕は暖かかった。 「お前のせいじゃない。.....ありがとう、ミーシャ」  俺は、ミーシャの胸に身体を預け、零れる滴をそっと拭った。涙で滲んだ視界に、かつての俺と肩を寄せ会うレイラとその間でうっとりと夜空を見上げる息子の頭上で色鮮やかな花火が弾けるのが見えた。それはかつてレイラが夢見ていた景色、そして俺が叶えてやれなかった景色だった。    最先端の治癒の甲斐があって、レイラの病は一時小康状態となり、二度の夏を越えた。  そして三度目の夏に息子と柳井融に見守られて静かに息を引き取った。  ロシアにやってきた息子ユーリが、彼女の最後の手紙を俺に手渡した。  厳重な封がされたその手紙には、滲んだ掠れた文字で記されていた。 ー在谢谢幸福  我爱你ー (ありがとう どうか幸せに 愛してる)  俺は、ひとりで泣いた。

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