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第5話

その話を聞いて、俺は歩夢に今すぐに会いたくなった。 歩夢を学園に呼んだ男がいる、恐らく歩夢のパトロンだろう。 その男は学園の生徒会長で歩夢を将来の嫁にすると学園中に発表しているらしい。 歩夢を嫁に…そんな変態に歩夢は連れてかれたのか? やっぱり変だと思ったんだ、歩夢のパトロンをする金持ちなんて… 歩夢が可愛くて天使だからって、そんな無理矢理…怒りが込み上げてくる。 「いや、無理矢理ではない…彼もその気はあるようだ」 「……へ、そう…なのか?」 「問題はそこではない、あの男には愛がない事が問題だ」 愛がない?好きじゃないのに歩夢を嫁にすると言ってるのか? 金持ちの遊びで歩夢を傷付けるなんて絶対に許さない! 王子は「あの男が彼に何をさせようとしているのかは分からないが、なにか企んでる事は確かだな」と言っていた。 何でもいい、早く歩夢を連れ戻さないと…歩夢が悲しむ前に… 王子は信頼出来る人物にこの話を聞いたから確実だと言っていた。 そして、連れ戻す事は簡単な事ではないと…分かってるけど、それでも俺は… 「妬けちゃうな、そんなに彼が大切?」 「歩夢は俺のたった一人の弟なんだ、当たり前だ」 「じゃあ君も通ってみるかい?あの学園に…」 思いもよらない提案をしてきて、驚いてしばらく固まった。 それって俺のパトロンになるって事か?…確かに歩夢には会いたいが、今日会ったばかりの人にそこまで迷惑掛けたくない。 やるなら俺が自分の力で歩夢を連れ戻したい…現実的でない事くらい分かってる。 王子は「君一人の力じゃ、あの学園には入れない」と言った。 そんなに偏差値が高いのか?それとも金か?…確かにバイトをして稼いでも時間が掛かってしまう。 パトロンを受け入れる事が近道だが、歩夢を助けたい気持ちと…王子の好意に甘えてもいいのかと葛藤する自分がぶつかり合う。 どうするか悩んでいたら、頬を王子に触れられて王子の方を見た。 王子は優しく微笑んでいた、難しく考える俺に簡単に考えればいいと言った。 歩夢を助けたい、その気持ちは変わらない…でもタダでパトロンを受けるつもりもない。 料理でも何でも、俺に出来る事ならやりたい…それしか今の俺には出来ないから… 王子に自分の気持ちを伝えた、頭を下げて王子の使用人でも何でもやると言うと王子は軽く考えていた。 するとすぐさま「使用人はいっぱいいるからいらないな」と言われた。 「…じゃあ…俺は何をすれば」 「そうだなぁ、無償で受けてはくれそうにないし…なら僕の恋人になってほしい」 王子の言葉に間抜けな顔のまま開いた口が塞がらなかった。 こい…びと?こいびとって恋人の事で合ってるのか? ずっと王子を押し倒す格好のまま会話していたが、すぐに王子から距離を取った。 冷静に、冷静に考えろ……ダメだ!全然王子の考えている事が分からない!! まさか王子も歩夢みたいに俺を騙そうとしているのか!? それともそっちの趣味でもあるのか!?歩夢ならまだしも可愛げのない俺に? 「やっぱり騙す気なんじゃ…」 「僕とアイツを一緒にしないでくれるかな」 王子は静かに怒っている、アイツって多分歩夢のパトロンの事だよな。 仲が悪いのか?そのところの事情は分からないけどとりあえず謝った。 でもパトロンの代わりに恋人って歩夢と似ている状況で疑うなって方が無理な話だ。 そういえば脱衣場でやたら触ってきたが、そういう事だったのか? ソファーを盾に警戒していると、王子はやれやれとため息を吐かれた。 なんかこれじゃあ俺が聞き分けのないガキみたいじゃないか。 「僕は君に一目で心を奪われたんだ」 「…俺、別に可愛くないけど」 「可愛いだけで好きになるならペットと変わらない、僕は君に美しさを感じたんだ」 王子は雨に濡れた俺を神秘的だったと褒めていた…凄い褒めるからとても恥ずかしい。 俺も歩夢をそのくらい褒めたりするが、こんな気持ちだったのか?…確かにちょっと嫌だ。 髪を伝う雫が光って俺の色気がうんたらかんたら語っている。 だんだん顔に熱が集まってきて、今の俺の顔は見れたものではないだろう。 俺に惚れたから恋人になりたいって気持ちは十分に分かった。 この褒め地獄からどう抜け出すか真剣に考えていた。 「君の華奢な身体を見てつい抱きしめたくなって…」 「…華奢?俺、一応筋肉あるんだけど」 「あぁ、そうだね…男らしいと思うよ、うん」 「………バカにしてる?」 「そんな事はない、僕はずっと探していたんだ…恋焦がれる相手を」 王子はそう言うと一気に俺との距離を縮めて、手を取った。 逃げる暇はなく、軽く手の甲に口付けられて…まるで童話の一シーンのようだった。 相手が俺だからお姫様には絶対ならないけど、これが歩夢だったら完璧だっただろう。 王子は容姿に優れているから、今まで言い寄ってくる相手が後を絶たなかった。 でも王子自身、誰にも心が揺れ動く事はなかったそうだ。 そんな時、俺を見て王子は初めて胸の高鳴りを感じた。 そしてまた長い王子の話が始まってしまった、王子も簡単に短く考えればいいんじゃないかな。 「…分かった、分かったから…でも俺、いきなり恋人になれって言われてすぐに頷けない」 「僕もそれは分かっている、だから恋人ごっこで構わない」 男同士に偏見はないが、男でも女でもいきなり恋人になれなんて言われても受け入れられない。 恋人ってそんな簡単になるものじゃない、お互いの気持ちがあってこそじゃないのか? 王子も分かってくれたのか、「ごっこ」でいいと言ってくれた。 ごっこなら遊びみたいなものだよな、だったら本物じゃないし深く考えずに俺にも出来るかもしれない。 この先どうなるかなんて誰も分からない、けど今は王子の提案に甘えてもいいだろうか。 全ては愛する歩夢を変態パトロン男から救い出すために… 「じゃあ君が学園に入学できるように、僕とエッチしようか」 本日何度目か分からない、驚愕の顔で王子を見つめていた。 「さっ、さささっきごっこって言ってなかったか!?」 「それはそうなんだが、学園に入るには僕を受け入れてもらわないと…身体的な意味で」 意味が分からない!エッチしないと入れない学園なんてエロ漫画じゃあるまいし、あるわけないだろ! 王子…まさか最初からそのつもりで俺の弱味につけ込んだのか? ごっこでいいって言ってくれて、ちょっと良い奴かもと思った俺の気持ち返せ! 再び王子から離れて、帰ろうと部屋のドアに急いで向かった。 ドアノブを掴んで開けようとしたが、びくともしない。 内側からも鍵を差し込まないと開かない鍵穴がある。 いつの間にか俺は閉じ込められてしまったようで、顔を青くする。 俺の筋肉を華奢だと言い切るコイツに、力で勝てるだろうか。 ドアに重なる影が現れて、恐る恐る後ろを振り返った。 目の前には王子が立っていて、本格的に恐怖で震えた。 「…あ、あの…俺…」 「説明がまだだったね、驚かせてすまない」 「……はひ?」 情けなく涙目になっている俺に王子は優しくそう声を掛けた。 説明ってなんだ、ちゃんとした理由があるのか?あるなら聞かせて欲しいものだ。 王子は俺にはっきりと言った、歩夢の通っているがは特殊だと言う。 特殊の学園ってなんだ?歩夢のパトロンが学園で歩夢を嫁として言いふらしているだけで特殊だと思うけど… 王子が言っているのはそういう事ではないんだろうな。

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