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第1話
大通りを抜けて、少し奥まった道沿いに、貸しビルが立ち並んでいる。正午を過ぎたばかりの時間帯だと、道行く人もまばらだ。
折ジワのついたチラシをもとに、鹿島光輝は目当ての店を見つけた。
ピンク色の看板に、まるっこいフォントの文字が並んでいる。チラシにある店目と一致していることを何度も確認した。
チラシを握る手に力が入る。汗でべとついた手をジーンズで拭い、無機質なドラノブに手をかけた。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
メイド姿の店員がアニメキャラのような甘い声を出して微笑む。
大学2年目にして、光輝は初めてメイド喫茶に足を踏み入れた。
店内はチェーン店のファミレスのような雰囲気だった。従業員がメイド服を着ていることを除けば。
玄関で光輝があたふたしていると、メイドが案内に来てくれた。
「あの、えっと」
「お一人でのご帰宅ですかぁ?」
「あ、はい」
「では、こちらにどうぞ〜」
二人がけのテーブル席に通され、促されるままに席につく。案内してくれたメイドが戻ってきて、水とメニューをテーブルに置いた。
メイドが愛らしく、ぺこりと頭を下げた。
「僕はリンっていいます。ご主人様のお名前をお聞きしてもいいですか?」
「あ、はい。えっと、光輝です」
「コウキ様ですね。よろしくお願いします、コウキ様」
アニメ声優のような甘いボイスで名前を呼ばれる。初めての経験の非日常感に、胸がじーんと熱くなる。入店してからずっと童貞丸出しの喋り方になっているが、気にしている場合ではない。
それから二言三言話をしたが、興奮のあまり会話の内容が全く頭に入ってこない。ひとまず落ち着く時間がほしかった。
しばらく話してから、注文待ちの状態でリンは一度席を離れていく。光輝はリンの後ろ姿を眺めながら、ほっとひと息ついた。
緊張しながらも、離れていくリンの後ろ姿を舐めるように観察した。
フリルとレースがあしらわれた白いエプロンドレスが包む、真っ直ぐなボディライン。黒いタイツに透ける脚は、華奢ながらも筋張っていた。
ここはただのメイド喫茶ではない。
女装した男性、男の娘が給仕してくれるメイド喫茶だ。
期待を裏切らないメイドの質に、光輝は心の中でガッツポーズした。
わざわざ猛勉強して、都会の大学に来てよかった!
バイトに明け暮れ、コツコツ貯金した大学1年の期間も報われた。
それなりの対価を払うのだ。この機会に、メイドや他の客を不快にさせない程度に店中に視線を巡らせる。
狭い店内は、平日の昼間にも関わらずほぼ満席だった。客層は幅広く、若い女性もいる。
髪型や制服の着こなしも様々なメイドたちが、忙しなく店内を往復していた。テーブルの前で足を止めて「ご主人様」と話しているメイドもいる。どのメイドも輝かんばかりに美しい。生粋のメイド好きである光輝は、興奮を隠せなかった。
特に、最初に声をかけてくれたリンというメイドが素晴らしい。
低い位置で2つに結んだ黒髪は、ツヤの具合からウィッグだとわかる。少年の面立ちを残した少し面長の顔に、切りそろえた前髪がとてもよく似合っている。薄付きの化粧も少女めいていて愛らしい。
光輝はロリコンではない。しかし、童顔は好きだ。
リンは自分の好みが受肉したかのような、理想的なメイドだった。
彼のためなら多少の金額は惜しくない。
生まれてきてくれたこと、女装してくれたことに感謝したい。
「コウキ様。大丈夫ですか?」
感じ入っている間に、リンがテーブルの近くまで来ていた。
「はっ、あ、いえ」
「ぼーっとしてるみたいでしたから」
「いや、大丈夫です。えっと」
緊張で吃りながら、慌ててメニューを開く。
財布の中の手持ちと相談して、持てる範囲で1番高いメニューを注文する。
クレジットカードは使わないように、光輝は心の中で誓う。使ってしまったら大変なことになると確信できるからだ。
それから食事をして、会計をして店を出るまで夢のような心地に包まれていた。
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