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第3話
大学から自転車で20分の場所に、光輝の住むアパートがある。
平凡な学生向けのアパートだ。強いて言うなら、ワンルームながらもキッチンがしっかりしているのが魅力。しかしオートロックは付いていないので、入居者は男子学生ばかりだ。
光輝の部屋は2階の角部屋で、隣室は昨年の春に先輩が卒業して出て行ってから空室になっている。
この日はたまたまバイトが休みで、春休み中のために課題もなく、光輝は部屋にいた。軽く掃除をする以外は特にすることもなく、ベッドの上でスマホを眺めるばかりの怠惰な休日だ。
リンはSNSのアカウントを持っていた。そこで身辺がバレない程度の日常生活を投稿したり、出勤日を知らせてくれる。たまに動画配信もしていて、アーカイブになっているものは何度も繰り返し見ている。
光輝は暇があればずっとリンのSNSを見ているが、昨日の朝から更新はない。
《今日は朝から引っ越しの準備で大忙しです><
早く落ち着いて、またご主人様たちに会いたいな〜》
ダンボール箱を背景に、ウィッグを被って化粧をしたリンの自撮りが添えられいた。
新年度だからな。引っ越しシーズンだよな。
鼻の下を伸ばしながら、SNSの履歴を遡って写真を眺めていく。
履歴の写真は自宅なのか職場なのか、判別しづらいものばかりだ。今回も、ダンボール箱の後ろが見えないようになっている。その用心深さがリンらしい。本当は職場のダンボール箱の前で撮っているのかもしれない。
引っ越しというのはきっと本当だろう。最近、リンの出勤日が明らかに減っている。
寝そべりながら舐めるように画面を見ていると、トラックの止まる音が聞こえてきた。このマンションにも、新しい学生が越してきたようだ。
学生アパートの引っ越しは、季節のイベントのようなものだ。自分のことではないのに、不思議とワクワクする。
ベッドから起き上がり、目覚ましのコーヒーを飲むためにケトルに水を入れた。
インスタントの粉をカップに振り入れていると、隣室から物音がした。新しい住人は、どうやら隣室に入居するようだ。
気の合う相手だといい。
引っ越し業者と会話する声が聞こえる。男性の声しか聞こえないので、男子学生のようだ。気安くて良い。
後で挨拶に来るかな、と思いながらインスタントコーヒーを飲む。片手にはスマホ。リンのSNSはまだ更新されていない。
引っ越しの騒音にも慣れ始めたとき。
隣から重い物が激しく崩れ落ちる音がした。
驚いて、飲みかけたコーヒーを噴き出しそうになる。慌てて飲み込んだせいで、しばらく咳き込んだ。
(大丈夫かな、隣の人)
光輝は特別お人好しではない。
しかし今の音は危険な気がする。中で人が埋まっているかもしれない。
先程の音がしてから、隣室は静かになったままだ。
光輝は意を決して、自分の部屋を出た。
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