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第1話
「おなかすいたあ…」
子どものように唇を尖らせてそう宣う彼に、態と大きくため息を吐いた。
「また飯集りにきたのか?」
玄関の前で捨て猫のように膝を抱えてこちらを見上げる彼に会うのは数日ぶりだ。
「ちがう!けーたの顔見に来たんだよ?」
「嘘つけ。」
「バレた!」
「でもお腹すいて死にそうなのは本当!」
悪びれる様子もなくそう言って八重歯を覗かせ大きな笑顔を浮かべる彼の名前はムク。多分それは本名ではない。だけど彼はそう名乗ったから、そう呼んでいる。けーた、と舌っ足らずな声で呼ぶムクのことは、何も知らない。何歳なのかどこに住んでいるのか。何も知らない。
ただ、フラリと気が向いた時に俺の前に現れる。暇だとか、お腹すいたとか勝手な理由で。
「…カレー。文句言うなよ。」
「カレー!?俺カレー大好き!けーたがカレー作ったの?」
ぴょんと飛び上がるように立ち上がったムクは、玄関の鍵を開ける慶太(ケイタ)の後ろで忙しなく足踏みしている。
「あんまり騒ぐなよ。普通のカレーだ。」
ドアを開け、部屋に入るとムクも当たり前みたいに後をついてくる。昨晩作ったカレーを温め直し、狭い部屋でムクと並んで夕食を食べた。ムクはずっと上機嫌だ。茶色くて細い髪の毛を揺らしながら延々と楽しそうに喋り続けている。
そうして、慶太が寝る頃になるとふらりと外へ出て、そのままどこかへ消える。
どこへ行くのかムクは告げないし、慶太から聞いたことも無い。
ムクは気まぐれだから、きっと他にも寄るところがたくさんあるのだ。
ムクと初めて会った日もそうだった。宛にしていた家が留守で、ご飯が食べられないと道端で項垂れていたのを拾った。それから少しだけ懐かれたみたいで、数日おきに家に現れるようになった。お金を置いていくわけでも家事を手伝う訳でもない、素性の分からない男にただご飯を提供して、自分でも自分の行動が理解できない。ボランティア活動なんかも今まで1度だってしたことないのに。
ムクには不思議な魅力があって、だからきっと可愛がってくれる家がたくさんあるんだろう。
ムクと出会って半年。最近は、一人暮らしのはずなのに少し多目に料理を作るようになってしまった。今日のカレーだってそう。ムクが飢え死にしないように、なんて言い訳してみるけれど、きっとムクが来るのをどこか楽しみにしている自分がいるんだ。
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