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第7話

長かった試験もやっと終わり、季節は秋から本格的な冬へと変わり始めた。この地方のこの時期は雨ばかり降る。大学を出るとざあっと降り出した雨に辟易しながら、慶太は紺色の折り畳み傘を開いた。おろしたてのスニーカーなんて履いてこなければよかった。 憂鬱な気分のままアパートに着くと、丁度部屋のドアを開けて出てくる人影が見えた。 「ムク?」 「おかえり」と笑うムクの表情がなんだかいつもと違う気がする。 なんか緊張してる? 「…雨だぞ。」 そんな顔してどこに行く、と聞きたかったけれど、出てきた言葉はそれだけだった。 「うん。ちょっとだけ。」 やはり困ったように笑うムク。その笑顔に苛立ちが募る。 「…明日じゃダメなのかよ。晴れるって言ってたぞ。」 何に苛ついているのか自分でも分からない。気を抜けば「行くな」と言ってしまいそうだった。 「ううん。今行くの。」 「…あっそ。」 こんな雨の中、どうしても行かなきゃならないほど大事な用事が外にあると言うのか。 慶太は奥歯にギュッと力を込めて差していた傘を閉じた。そして無言のまま、ムクの横を通り過ぎようとする。しかし控え目な力で腕を掴まれて再び足を止めた。 「けーた?」 名前を呼ばれても、慶太は視線を上げない。ムクの目で見られると、ぐちゃぐちゃな心の内まで見透かされてしまうような気がしたから。 「何で怒ってるの。」 「…別に。ムクがどこ行こうが関係ないし。俺はお前のこと何も知らないし。」 この雨で汚れてしまった新品のスニーカーを眺めながら口にした言葉は、ムクを突き放すような尖った言葉。 「…それは、」 「いい。知りたいわけじゃねーし。明日いなくなっても困らない関係の方が俺も楽だわ。」 自分の本心を隠すために、次から次から溢れて止まらない。 「便利な宿代わりだと思ってんのか知らねーけど、こっちだって忙しいんだし面倒事と深く関わるつもりない。引き止めて悪かったな。」 一息にそう言って部屋へと逃げ込んだ。 バクバクと心臓がうるさい。 シンとした玄関で暫く立ち尽くしていると、慶太の耳に遠ざかっていく靴音が微かに聞こえた。

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