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第1話:放課後のプール掃除
――俺の初恋は17歳の夏だった。
音が聞こえてきそうな、照りつける日差しが肌に焼けつく。
セミの鳴き声が夏の訪れを告げて。
蜃気楼の向こう側――
揺れる影に手をかざす――
「…っ!シン!てめっ!水かかったわ!」
「あはは!びしょびしょじゃん!わりーな」
わ・ざ・となどと可愛げもなく、ウインクをして見せる
この一之瀬新 という同級生の男子生徒に俺は絶賛片思いを拗らせている。
「テンションうっざ…てか、そろそろトミセン来るからある程度やっておかねーと!」
「だな!あいつ怒らせると更にめんどくせ~」
「いや、元はといえばお前がプール掃除サボったのが原因だろうが!巻き込まれてんだよ!」
お・れ・は!!と身振り手振りで強調してみせる。
「だーかーらー、それは今度マック奢るって話したろ?」
なんてデッキブラシを動かしながら、くだらない言い合いを続ける。
遡ること二時間前――
間もなく始まるプールの授業に備え、HRの時間を丸々潰して行うプール清掃に汗を流していた。
「てか、今年は俺らがプール担当かよ…やってらんねー…」
体操着の襟をパタパタと動かしながら、小言をつぶやく。
この時期毎年1年生は全クラスの生徒総動員でプールの授業に備えた大掃除を担当する。
その内容は多岐にわたり、専用の更衣室・シャワー室・プールのゴミ拾い等プールに関連する箇所の掃除を行うのだが
いつから始まったのか、授業のメインであるプール内の清掃に関しては2年生の中からくじ引きで負けたクラスが担当するのだ。
1年前は特に何も思っていなかったその行事も、自分が担当になれば話は変わってくる。
「おやおや、一樹 君はイライラモードですか?」
「っるせ…」
シンが長めの前髪を少し横に垂らしながら、俺の顔を覗き込む。暑さで少し赤らんだ頬と、滲んだ汗に
不覚にもドキリと音を立てた心臓にイラつきながらも、こめかみを伝う汗を腕で受け止めてデッキブラシを擦る。
「-…なぁ、一樹。俺喉乾いた!脱水症状!」
「は?!なにいって…」
「水。飲みいかね?」
二ヒヒといたずらに笑う。
この笑顔に弱いのだ。俺は。
戸惑っている俺を無視して、近くにいた友人の松尾に俺ら二人分のデッキブラシを押し付けて
先生が別の生徒と話してる隙を縫って、俺たちは校舎へと駆けていく。
――ピッ…ガタンッ
『この掃除終わったら速攻自販機で炭酸買う』と言って、ポケットに仕込んでた小銭で
炭酸でも、連れ出された要件でもある水でもなく、スポーツドリンクを買うシンを眺める。
「水飲むんじゃねーのかよ?」
「夏の水道水なんて飲めたもんじゃないだろ」
「あっそ、ならもう買ったしそろそろ戻ろうぜ。先生に見つかるとマズ…」
「なあ」
俺の言葉はシンに遮られる。
「ん?」
「いや…なんでもない」
そう言いながらシンは落ちてきたスポーツドリンクを、自動販売機から取り出す。
いつもは気にならない沈黙が、妙に長く感じて。
温度差でみるみる汗ばむスポーツドリンクが、何故か余計に暑さを感じさせた。
「なん、だよ。そういうのが一番気になるじゃん、何かあったー…」
「椎名!一之瀬!サボってんじゃねえ~!」
今度はトミセンこと担任でもあり、生徒指導でもある富田先生に遮られる。
「っげ…!」
そして時は戻り、現在放課後――
自販機の前で見つかったあと、俺らはみっちりとお説教をされた上
放課後の居残りプール清掃まで言いつけられた。
――まぁ、当然と言えば当然なんだけど。
ブラシを擦る手を止め、何度目か分からない汗を拭う。
ふと、少し遠くで一生懸命ブラシを擦るあいつに目を向ける。
身長は俺と大して変わらないのに、ジャージからのぞく足や腕は部活やってるからか俺より筋肉質で。
柔らかい黒髪は、汗が滲んで毛先がまとまっている。
「どう見ても男なんだけどな…」
そう小声で呟く。
――別に俺は男が好きというわけではなくて。
雑誌やテレビに出ている女の子は可愛いと思うし、そういう想像をしないわけでもないけれど。
2年生の始業式。
一つ右の列、一つ前の席に座るあいつをみて少し空気が揺れた気がして。
体育の授業でやったバスケでちょっと真剣な顔をするあいつを見て、頬が緩み
クラスでいつの間にか一緒にいるようになって
親しくなる頃には、名前を呼ばれるたびに心が跳ねた。
今まで女の子に告白もされた事もあるし、同級生の可愛い女の子は誰かなんて手の話に
男子生徒の中で盛り上がったりしたけれど
たった一人の、一挙一動にこんなに振り回されたことはない。
そんな俺は、出会ってたった3ヶ月で見事に『初恋』におちたのである。
しかも、同じ男子高生に。
気持ちを伝えたいとか、付き合いたいとかそんな事は思ってない。
思えるわけが、ない――
俺も馬鹿じゃない。
皆んなが皆んな、恋愛映画みたいに
どっかの少女漫画みたいに『はい、両思い』って訳にはいかないんだ。
頑張ってれば実るんだーなんて。
うるせえよ。
初恋は叶わないって言うだろ?
墓場まで持っていかせろ。
――自己満の告白ならしないほうがマシだ。
――だからどうか、今はこのままで。
「一之瀬 新!椎名 一樹!」
突然の聞こえた大きな声に、全身がビクリと跳ねる。
「なんだよ、トミセン。急に名前呼ぶなよなあ~ビビったわ~」
「点呼だ、点呼。一之瀬、お前は敬語を覚えろ」
俺はそんな二人のやり取りを、少し離れた所で眺める。
「お、思ったより綺麗になってるな。やりゃできんじゃねーか、最初からちゃんと参加しろ」
「はーい、すいませんっしたぁ~…」
「じゃあ、あと掃除用具だけ片づけて帰ってヨシ!お前らの荷物は松尾がまとめてくれてたぞ、後で礼伝えとけよ~」
俺らは声を揃えて、はーいと素直に答える。
「あ。そうそうこの後雨降るみたいだぞ、早めに帰れよな~」
ひらひらと手を振り、富田先生は出ていった。
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