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第2話:この夕立のせいにして

「んじゃ!一樹、とっとと終わらせてマック行こ」 「言っとくけど、お前の奢りだからな」 「わかってるって」 シンはハイハイと眉尻を下げて、少し困ったような呆れたような、そんな笑みを浮かべる。 「俺、掃除用具片付けてくるから。最後水撒いといてー」 そう言って壁に掛けてあるデッキブラシやら、水切りやらをまとめだす。 俺は了解、の声の代わりにホースを手に取る。 拾い上げた時に、手の甲に水滴が落ちた気がして空を見上げたけれど、ジリジリと焼け付くような光が眩しくて 俺はシャワーヘッドを、握る手に力を込めた。 「一樹!」 名前を呼ばれた方向に反射的に顔を上げると、カバンを両手に掲げて立っていた。 「あー、松尾が持ってきてくれたつってたもんな。ありがと」 あいよと笑った後、空を見上げながらシンは言葉を続ける。 「トミセンが言ってたけど雨降りそうだな」 俺も誘われて空を見上げる。 ほんの少し前まで太陽が照り付けていた空には、分厚い雲がかかり始めている。 「あー…確かに。この辺でやめとくか」 まだ少し流し切れてない所が気になるけれど、雨が降るなら気にした所で仕方ない。 シャワーホースに込める力を緩めたその刹那―― ポタッ――… ポタッポタッ… 大きな一粒が頭に落ちたかと思えば、ものの数秒の内にザーっと音を立てる程の雨が 俺たちの身体を濡らす。 「やっば!一樹!一旦こっち来い!」 そう言いながら、俺のバックを胸に抱え それに自分のリュックを重ねて、プールサイドのベンチへと走っていく。 俺のバックは雨に濡れないように、ってか? 「まじでさっ――…!」 思わずこれは、声に出していた。 ――こんなことで馬鹿みたいに喜んでんじゃねえよ俺! 喜びは期待になる。 期待は夢を見せる。 だから、こんなくだらない事で一々ざわつくな…! 落ち着けって。 ――…頼むから。 俺はホースを投げ捨てるように床に置いて、振り払うように走る。 このドロドロとした感情を。 「いやぁ、急に来たな…トミセンが教えてくれた時にさっさと帰るべきだったな~…」 「…」 「ホースだけ残しても怒られるよなぁ…。たしか、夕立ってすぐ落ち着くよな?少し雨宿りして残りサクッと片付けっか!」 「…」 黙ってる俺を不思議に思ってか、ぎこちなく問いかけてくる。 「どした?(さみ)ぃの?部活のジャージならあるけど、使っ――…」 「大丈夫」 「ふーん…あっそ、じゃあいいけど。風邪ひいても知らねえからなぁ」 バケツをひっくり返したような雨とは、よく言ったもので。 ベンチの屋根にも、激しくぶつかる雨粒が(うるさ)く音を立てる。 そして、屋根から流れる銀色のカーテンが この空間だけが、外と隔たっているような特別な感覚を覚える。 静かな時間が流れていく。 あーあ…俺はなんでこんな態度取ってんだ…? しかし、もう既に引っ込みがつかない空気をどうしたらいいかもわからない。 【感情】【整理】【方法】とかでググっておけばよかった。 何の気なしもなくふと顔を上げた、その瞬間。 フワッと、少しだけ温もりを感じるものが顔にかかる。 駆け回っていた思考が止まる。 少しずれたそれを手に取って、手元を見つめる。 「使ってないやつだから」 顔を向けると、ベンチに置かれたリュックの中をゴソゴソと漁るシンの姿。 ぐるぐる駆け回っていた思考が急にピタッと止められて、間抜けな顏しかできない。 「部活で使うから、いつも二つ持ってんだよ!黙ってありがたく使っとけ!」 何も言ってない――言えてないのにどこか言い訳する子供みたいな口調で捲し立てる。 そんなシンの姿に、なぜか全てがどうでもよくなった気がして思わず笑みが漏れる。 「あ、ありがと…」 素直にお礼を伝えて、少し雑にタオルを動かし髪の雫を拭っていく。 「そーしーてー」 「は?」 俺が横に振り返った瞬間、目の前にあったのはこの居残り掃除の発端でもあった 例のスポーツドリンク。 「一仕事(ひとしごと)の後は、これじゃね?」 二ヒヒといたずらっ子のように笑うあいつ。 俺はこの笑顔に本当に弱い。 不意のこの笑顔に、本当に。本当に不覚にも顔が一瞬で熱くなるのがわかる。 それが見つからないように、頭にだらしなくかかっていた、タオルの端を顔に持ってくる。 あいつの些細な行動一つに、一喜一憂して あー、完全に絆されてんな。と自覚する。 俺はタオルから顔を少しだけ出す。 頬まで出すと、赤らんだこの気持ちに気づかれてしまいそうだから。 目元だけタオルの隙間から覗かせる。 ふわりと、タオルから柔軟剤の良い香りがした。 「シン、あのさ――…」 ――俺、こんな単純な奴でごめん。 不器用なお前に、気を遣わせてごめんな。 …ごめん、友達なのに。 俺、お前の事好きになって。 悲しいぐらい、堪らなく、どうしようもなく、どうにもならないくらい―――― 「ありがとう」 ――――大好きだ。 今だけは、この夕立のせいにして 今だけは、少しだけわがままを許して 今、この時間だけは―― 俺に、お前の時間をください。

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