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第1話

俺はカレンダーを見ながら大きなため息をついた。 (やっぱりダメか……) 月が変わる度に減っていくページ。 俺――望月(もちづき)(れん)と伴侶である工藤(くどう)壮登(そうと)が婚姻を交わしてからもう半年が経とうとしていた。 男女という性別の他に獣の血を引き、あらゆる能力に優れ、この世界を牽引すべく生きる稀少種α、周期的な発情期を迎え、その香りで相手を引き寄せて男女問わず子を成すことが出来るΩ、そして一番人口が多く一般的な能力をもつβ。 昔は性奴隷として蔑まれ下層種族にいたΩだったが、近年急激に進んだ少子化と共に種族の減少を危惧され、国は緊急対策としてΩを保護する法案を打ち出した。 そのおかげで、レイプまがいの性交や売買は厳しく罰せられ、(つがい)なく妊娠、出産をすることが出来なくなった。 Ωにしてみれば守られていることに安心感を得てはいたが、それ故にまた別の不安や悩みを抱える者が増えたことは歪めなかった。 俺はΩだ。 自分の性別を隠すことなく日常生活を送れるようになったことで長年苦しんできた肩の荷が下りた。 伴侶である壮登と運命的に出会い、番となったことも全く後悔はない。 むしろ、壮登は何よりも自分のことを大事にしてくれるし、これ以上ないほどの愛情をくれる。 そんな幸せを絵に描いたような生活を送りながらも、俺の心は晴れることはなかった。 「あれ?また、ため息とかついてるし……」 両手に書類を抱えながら俺の背後を通り過ぎようとした、同僚で親友である宮田(みやた)陽介(ようすけ)が足を止めて顔を覗き込んできた。 彼はβで、只今結婚相手を絶賛募集中だ。 「難しい顔してどうしたんだよ。今のところ納期の停滞はないと思ったけど……」 製品管理業務を任せられている会社だけに納期の厳守は絶対だが、彼の言う心配事と俺が抱えているものとは根本的に違う。 「あ、それは大丈夫なんだけど……」 「じゃあ、どうしてそんなに辛気臭い顔してるんだ?ラブラブな新婚生活を送ってるお前が私生活で悩むことなんかないだろ?会社だって国からだって優遇されてるし、旦那の仕事だって順調なんだし。ホント、いい男を見つけたよなぁ」 確かに壮登は誰もが羨む男だ。 イケメンで代々続く旧家の次男坊、勤務する大手商社では二十六歳という若さでチームを任され、αとして生まれ持ったその能力を十分に発揮している。 別姓ではあるが、法律上認められた夫夫(ふうふ)だ。しかし結婚してもなお彼の子種を欲しがる者はあとを断たず、誘われることも多いようだ。 それでも彼はそんな者たちには目もくれず、庶民の俺を愛してくれている。 「お前の前を阻むものは何もないはずだろ?早く子供でも作ってさぁ……」 トクン……。 心臓が大きく跳ねた。 その瞬間、急に息苦しさを覚えて俺は口元を覆った。 有能で優れた子種をもつαと子を成すための体をもつΩ。 血に惹かれあった二人が番い、交われば否応なしに子供は出来る。 国だって少子化を食い止めるために、それを前提にΩを保護し、特にαとΩ夫婦には子供が生まれる度に通常よりも多額の助成金を支払っている。 ただ――その制度にも例外はある。 ごく稀に優れたαの子種であっても受精せずに子をなさないΩが存在する。 基本的に発情期の性交でほぼ確実と言われているだけに、その助成金の需給資格は婚姻を結んでから一年以内とされている。 この際、期間内に一人でも妊娠、出産すれば、これ以降は無条件で支給が約束される。もちろん、子供が通う教育機関や病院、交通費までも含まれている。 ほぼ毎晩のように体を重ね、三ヶ月周期で訪れる発情期には、壮登は会社から推奨された休暇をとって俺を抱く。 それなのに――俺には妊娠の兆候がまったくないのだ。 「――まさか、お前っ」 「あ……うん。まだ……なんだ」 「えぇっ!最近、Ωに不妊が多いとは聞くけど、早めに病院に相談した方がいいぞ!俺の兄貴のところもギリギリだったし。お前たちより支給は少ないとはいえゼロよりはマシだからな」 そう言えば少し前に陽介がその話をしていたことを思い出した。  彼ならいい病院を知っているかもしれない。 「――病院、教えてくれないか?」 「不妊治療の権威って言われてる医師がいる病院知ってる。お前たちならすんなり受け入れてくれるはずだから」 「ありがとう。なぁ、この話は……」 「言うわけないだろ!俺とお前の仲だ」 「ごめん……」 「善は急げだ!すぐに調べてやるよ」 親友の心強い言葉に感謝しながらも、不安は拭えない。 きっと壮登も気づいている。 でもそれを口に出さないのは彼の優しさなのだろう。 真っ平らな下腹をそっと掌で撫でて、俺はもう一度カレンダーを見た。 もうすぐ発情期がくる――。 その前兆は熱っぽい体の変化に現れていた。 もう一刻の猶予も許されない。 今夜、彼に相談しよう……。そう決意して、唇をきつく噛み締めた。

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