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日誌・0 掃除屋と殺し屋

重い気分を踏みつける態度で、灰色のくたびれたツナギ姿の男は階段を上がる。 広い背中には『アマクサ美装』の文字。 薄明りの中。男の目が動いた。 視線の先には、年季を感じさせるアパートのコンクリートの壁に、夜の中にも目立つ汚れ。 染み付いたそれが気になるのか、横目にしたまま、男は次の一段を最後に立ち止まった。 …不意の静寂。 狭い踊り場。 三階。 男のすぐ真横に、表札のない扉。 男の手が上がる。迷うように、帽子のつばに手をかけた。 踵を返しそうな態度を見せた、刹那。 ―――――扉が開いた。中から。 呼ばれたように顔を見せたのは。 黒髪・碧眼の、青年。 容姿は、背筋が寒くなるレベルの極上品。 震えがくるほど整った顔立ち。 ただし、顔立ちからは、どこの国の人間か、分からなかった。国籍不明。…おそらく。 本人も、知らない。 身長は少し、青年の方が高いくらいか。 二人の、目が合う。 男の、日本人としても珍しいくらいの漆黒の目が、一瞬困惑を浮かべた。それは瞬く間に消え、命懸けの物事に挑む覚悟が浮かぶ。 腹を据えた態度で、堂々、開いたドアから中に踏み込んだ。 そして、土足で室内へ。 一方、青年はと言えば。 碧眼は、徹頭徹尾、冷徹だ。観察するように男の行動を目で追いながら、唇だけで笑みを描いた。 「いらっしゃい、トラさん」 ツナギ姿の男が振り向く。 同時に、青年は後ろ手にドアを閉めた。 指が当然のように施錠する音が、がらんどうの室内に響く。 机や椅子をはじめ、部屋の中には家具も何もない。 唯一、窓にカーテンがかかっていた。隙間から、月光の筋が床に伸びている。 部屋の真ん中。 トラと呼ばれた男は、限界までの空腹時に、ようやく見つけた獲物を芯までいたぶろうとするような目を自身から逸らさない青年と真正面から向き合った。 「よう、殺し屋」 ポケットから取り出したものをゴミのように床へ投げ捨て、仁王立ちで告げる。 「取引の続きだ」 「…即物的だね」 投げ捨てられたもの。 それは。 ――――――コンドームだった。

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