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日誌・59 情報屋

すぐ、胡乱な目になってしまう。 それは、中学時代からの腐れ縁の男だ。名を、舟木翔平。ただし。 昔から、積極的に仲が良かったわけではない。 どちらかと言えば、つかず離れず。 有能な男ではある。言い方を変えれば、過ぎるほど賢しい。その上、はしっこい。 能天気に、仲間などと構えていれば、思わぬ方向から噛み付かれるだろう。 なにより。 彼がもたらす情報に助けられたことも多いが、窮地に陥れられたこともしばしばだ。 要するに、信用はできない。割り切った関係でいるのが一番の相手だ。 そして、情報を欲した雪虎から連絡を入れることはあったとしても。 (アイツの方から連絡が来るなんてな…) あり得ない。 なにか、嫌な予感がする。 …それにしても、うるさい。いつまでたっても鳴りやまない。 雪虎は、心底、いやいやながら電話に出る。 「…なんだ」 不機嫌な応対だったにもかかわらず、 『出てくれてありがとう、神様仏様トラさまっ!!』 初っ端からテンションの高い声で、相手は祝福の声を上げた。 一瞬、鼓膜がバカになりそうだった雪虎は、真顔で告げる。 「じゃあな」 『待って待って待って、お願い話を聞いてぇっ』 「女みたいな悲鳴を上げるな気色悪い」 思わず雪虎はスマホを耳から遠ざけた。何か悪いものでも食べたのだろうか。 もう気持ちは黙って通話を切る方へ傾いている。それを察したか、翔平はすかさず。 『今、トラは県外にいると思うんだけど、それ、オレのせいなんだ』 絶対に雪虎が無視できない言葉を選んでぶつけてきた。さすがだ。 通話を切ろうとしていた雪虎の指が止まり、 「あぁ?」 予想外の告白に、声がさらに地を這う。つい、唸った。 「今、何を企んでいる」 雪虎が何かを聞く前に翔平が、雪虎の現在の状況の責任が自分にあると自白した理由に警戒心が湧く。 雪虎の警戒に、翔平が慌ててかわい子ぶる。 『ヤダな、企むなんて! 単純にそういうお仕事が入ってねっ』 「だとしても、理由もなく仕事内容を話すか? お前が」 『そ、そんなことだって、あ…るかもしれないじゃん』 雪虎の声に遊びのない苛立ちを察したか、電話向こうで、ぐず、と鼻をすする音。 (なんだこいつ、本気で泣いてないか?) ―――――まさかと思うが。 電話向こうの光景など、当たり前だが、見えない。 だが今、その見えない場所で、尋常でない事態が起きているのではないだろうか。 仕方なく、スマホを耳に当てなおす。 「…そうか。だったら」 要求したところで、本来なら、翔平は答えないだろう、そういう質問を雪虎は口にした。 「なんで俺を売ることになったのか、一から話せ」 これで話さなければ、終わりだ。 向こうがどのような状態だろうが、雪虎は知ったことではない。果たして、翔平は。 『ぅぐ…、実はね、ナオに腕のいい殺し屋を紹介しろって言われて』 さらっと話し出された本題が重かった。翔平が、ナオというからには、尚嗣のことだ。 雪虎はまたスマホを離したくなった。 昨夜、尚嗣からきた連絡と、この状況から考えるに。 おそらく尚嗣は―――――恭也の敵対者側に依頼をした側の人間だ。直接的にか間接的に課は知らないが。 いや、あの男のことだ、絶対に、自分だけは泥をかぶらないような保険をかけているはず。なんにしろ。 (また恨まれるな…) 雪虎が顔をしかめる間にも、翔平はぺらぺら話し続ける。 『話をつけた相手から、今度は、死神のことをなんでもいい、調べ上げたらまた別枠で報酬をやるって言われて』 雪虎は思わず眉間を押さえた。 「話の流れからなんとなくそうだと思ってたが…というか、俺と死神に関係があるって情報源はどこだ」 翔平は、雪虎とは付き合いが浅い。 なぜそんな機密事項を知っているのか…いや、それがこの男である。 結局、尋ねた情報源についてはひとつも触れず、翔平はぎゃあぎゃあわめきたてた。 『だってぇ! 提示された金額が尋常じゃなかったんだもんっ。情報公開に対してかかる圧力だってなかったしっ』 正直、同世代の男がこういう話し方をするのは、鳥肌モノだ。 にしても圧力。 どこの誰が、と聞いたところで、翔平のことだ、答えないだろう。 代わりに、雪虎は冷静に繰り返した。 「普通に話せ」 『はい』 震える声で大人しくなる翔平。 「…それで? そんなことをわざわざ被害者の俺に報告する意味は何だ」 『理由は、―――――ひとつさ』 真剣な声で格好よく告げたかと思いきや。 『ユルシテクダサイ』 ? 雪虎は半眼になった。首を傾げる。 ―――――コイツは今更、何を言っているのか。 『も、もちろん、ただでとは言わない!』 雪虎の沈黙に怯えるように、 『オレはトラの奴隷になる! なるったらなる!!』 ? ? 突拍子もないことを言い出した。いらない。めんどい。 『何でも言うこと聞く、情報だって、トラに率先して渡す! トラに不利なことはしない!』 ? ? ? 「おい、…おい、なあ、情報屋」 相手の勢いを削ぐべく、口を挟む雪虎。 「おまえさ…自分の口約束が俺に信用してもらえるとか、本気で思ってるか?」 熱でもあるんじゃないか、と半ば本気で心配すれば、 『なんだったら契約書作るよ!? 法的束縛まで持たせちゃうよっ!? 弁護士の知り合いなら世界中合わせたら星の数ほどいるしねっ! むしろ精神的束縛でもいい、いま、すぐ、ここで―――――か、紙とペンをくれ、いえ、ください!』 ? ? ? ? 今、彼の周囲に誰かいるのだろうか。 雪虎には分からない。分からないが。…なにやら、相手が心底切羽詰まっていることは理解した。

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