80 / 197

日誌・79 覚悟しろ(R18)

雪虎の身体から、力が抜けた。 諦めた、というわけではないだろう。おそらく、力尽きた、と言った方が正しい。 それでも雪虎のことだ―――――いつどう出るか。 読めないのは秀も同じだった。 …探りながら。 雪虎の肩を。足を。―――――解放、して。 まだ視線が虚ろな雪虎の頬に、秀は手を伸ばす。上気した頬に触れながら、 「なぜだと思う、トラ」 尋ねた。ここから先を告げるべきか否か、悩みながら。 ゆえに。 雪虎が返事をしなければ、そこまで、だったろう。しかし。 「な、に…」 雪虎は、反応した。小さく。 おそらく、秀の質問の意味に、ピンときてはいない。 それでも。真っ直ぐに、秀へ視線を定めた。 秀は、一度、瞑目。―――――観念したように。 目を開けた時には、雪虎の視線を真っ向から受け止めて。 一息に、言った。 「月杜家の奥で守られていた祟り憑きたちが、全員、―――――夭折した理由だ」 胸を弾ませる雪虎に、秀はどこか苦しいような声を絞る。 疑問に思わなかったか、と。 ―――――思う、ところがあるなら。 尋ねればいい。雪虎が尋ねるなら、答えなければならない。だが。 そうでなければ、自身から言う気は起きなかった。 ただ秀自身、訊いてほしいのか、訊かないでいてほしいのか、自身の心なのに分からない。 果たして、雪虎は。 「ど、して」 舌足らずな声で、 「二十歳まで、生き、られな、い…?」 尋ねた。 秀は一度、頷くように、薄く微笑んで。 覚悟を決めた。 「発狂する」 祟りのせいか、他の何かのせいか、理由は定かでない。 ただ、代々の祟り憑きたちは、…確かに、全員。 雪虎が息を引く。秀は繰り返した。別の言葉で同じことを。 「正気を失う」 言い、ながら。また、身を進めた。 「んっ、待…っ」 抵抗するように、雪虎が秀の分厚い胸を押しやる。だが、弱い。それに。 …もう、感じるのは、痛みや圧迫だけではないのだろう、雪虎の指先が覚束なく、震えている。 秀はそれを、捕らえ。獣のように頬を摺り寄せ、口づけた。 「―――――たから、ここに…閉じ込めるほか、なくなる」 聴こえているのかいないのか、雪虎が身を竦める。息を刻みながら、首を横に振った。 話をしながらも、秀の身が進んでいる、その動きに対する反応だ。 だが、この時には、…もう。 「ゆえに、だ」 秀は、雪虎の中へ、根元まで埋まっていた。 「―――――…っ、父は、そう、しなかった」 どこまで話すべきか。悩みながら、秀は言葉を紡いだ。 雪虎が生まれた時には、もう、明らかだった。 この子が、そうだ、と。 正直なところを言えば、交渉もなく、この子は月杜のものだ、と、八坂家から無理やり取り上げることは、可能だった。 代々の祟り憑きがそのようにして月杜の中へ囲われ、奥で大切に守られてきたように。…そのように、することも。 だが、秀の父親は、それを良しとしなかった。 理由は、語った通りだ。 守られたはずの祟り憑きたちは、皆、発狂した。一人の例外もなく。 まるで、先に死んだ過去の祟り憑きたちに呼ばれるように。 ただ、月杜の血に潜む、祟りという膿を外へ出すためにだけ、産まれてきたかのように。 …ならば。 ―――――もし、『そう』しなければ? 外の世界に置いておくならば? 月杜に、とって。 それは、苦渋の決断だったろう。 だが月杜の先代は、強い意志をもって、これを実行した。 ―――――…結果は。 …正直、危うかった。だが、間に合った。ぎりぎりで。なにより。 ―――――巴。雪虎とは血のつながりのない、即ち、月杜とはなんら関わりのない、祖母。 彼女の存在が、大きかった。 そして、雪虎は、今も。 「―――――トラは、…狂っていない」 断言、しながら。秀の唇が心細げに震える。 …じわり、体内の剛直がゆっくりと馴染んでいく感覚に耐えながら、雪虎は、ハッ、と息だけで笑った。 皮肉ではない。明るい笑いだ。 そうか。そう、だったのか。 ―――――わざと見捨てられた。そんなことは、なかったのだ。なにより。 雪虎の唇に、笑みが浮かんだ。自然と。…不敵な、笑みが。 「いーこと、聞き、まし…た」 「…いいこと?」 雪虎の、どこかふてぶてしい物言いに、秀の声が尖る。 「祟り憑きは狂う、と私は言ったのだが」 もちろん、ちゃんと聞いている。雪虎にもその可能性はあるのだろう。 この場所で、代々の祟り憑きが最期を迎えた、とか。 発狂した、とか。 そう言う事実があったとしても、雪虎にとっては結局他人事で、この場所が恐ろしいとも思わない。 ただ、そのことよりも、雪虎は。 「つまり、は。それも、…ひとくくりの伝承の内、だったん、でしょう?」 祟り憑きは狂うもの。それは、伝承の中では絶対。…だった。 だが雪虎は、今のところまだ、他人とコミュニケーションが取れるくらいには正気だ。 「ん…っ、けど、先代は」 重苦しいような圧迫に、息苦しいだけだった下肢に、次第に、もどかしいような切羽詰まった感覚が生まれつつある。 そこに捕まりそうな意識をどうにか逃がしながら、雪虎は言葉を続けた。 「ひとつ、行動を変えるだけで、…変えたんです」 秀の空気が戸惑いに揺れる。どう伝えればいいのか、悩みながら、雪虎は強く言った。 「祟り憑きは発狂するって伝承を」 雪虎の心は、いっきに明るくなっていく。だって、そうだろう? 「だったら」 雪虎からはよく見えない、秀の顔を覗き込み、強い目で言った。 「伝承の流れそのものを、変えること、だって。…きっと、可能です」 可能性は、証明されているではないか。 ここに。 雪虎自身が。 それだ。 ふ、と―――――秀に凝視される。 そんな感覚を覚えた刹那。 「…っく」 秀がいきなり、腰を引いた。 当然、楔のように打ち込まれていたイチモツも、また引き抜かれる。 「あ!」 いきなりの動きに、雪虎の頭の中が真っ白になった。 肉壁が思うさまこすられる感覚は、腰が蕩けそうな錯覚を雪虎に与える。 刹那。入り口付近に残った秀の先端が、生ぬるい体液を放った。 雪虎は咄嗟に声を上げる。 「…っだ、だめだ…っ、中、は」 もちろん、女ではないのだから、孕みはしない。ただ、後始末が大変なのだ。雪虎の懇願の声に、 「もう、遅い」 秀は冷たいような声で切り捨て、まだ放っている、それを。 「―――――やっ、い、やだ…っ!」 また、―――――雪虎の中へ埋めた。それが、いっきに、突き進む。奥へ。 その先端が、雪虎の奥を叩くのは、すぐだった。 たまらず、雪虎の腰が震えた。下肢が崩れ落ちそうになる。同時に、背中が撓った。快楽に。 顎が仰け反る。 頭をふった雪虎の髪が、畳を叩いた。 露になったその喉に、秀が幾度もキスを落とす。最中、 「トラ…、ゆきとら」 名、を。うっとりと、呼ばれ。 一瞬、我に返った雪虎が目を瞬かせた、直後。 「私の名を、呼んでくれ」 とたん、雪虎の脳裏で響き返ったのは、幼い自分の声、だったろうか。 ―――――秀ちゃん。 昔、雪虎は、秀のことをそう呼んでいた。 ただ、嫌われているとすぐ察したから、近寄らなくなった。 そうなれば、名を呼ぶこともなく。 大人たちの容赦ない比較の言葉に、…さらに疎遠になって。 中学の頃になると、秀は雪虎に構うようになったが、その頃には「会長」呼びが定着していた。 「なん、で、…っ」 「…んっ、いや、か」 いやか、と強請るように尋ねながら。 雪虎に対して、最初からあきらめているような、妙に寛容な、甘やかすような声音に。 いっとき、雪虎はぐっと唇をへの字に引き結んだ。 これで、意地を張る方が子供だろう。 しゅる、と秀の手が雪虎の浴衣の帯を解く衣擦れの音を聞きながら、胸元に下がった秀の頭に、雪虎は腕を伸ばした。 そのまま、ぐ、と抱き寄せるように、して。 「―――――…しゅう」 その耳に届くように、囁けば。 一瞬、秀の動きが止まった。だが。 一息つける、そんなわけではなかったと悟るのはすぐだ。 「…ぁっ!? 痛…!」 いきなり、秀が雪虎の胸の肉芽に噛みついた。小さなそれに、容赦なく歯を立てる。 もう片方は、指の腹で圧し潰され、こね回される。 その、上で。 「ん、や…っ! ―――――はっ、…ぁ、あ…っ」 品も礼儀もかなぐり捨てた、獣じみた律動が始まった。 容赦なく責め立ててくるのは身体の上にいる男なのに、伸ばした腕で、必死に背中を掻き抱くしかない。縋るように。 律動についていくので精いっぱいの雪虎の耳元で、秀が物騒に囁いた。 「鬼は、貪欲だ」 どこか、激情に似たものを抑え込んだ声。 「迂闊に甘やかすな」 (…名前を呼べって言ったのは、アンタだろう、がっ) 怒鳴りたかったが、雪虎の唇からこぼれたのは、熱い呼気だけだ。 だが秀には心の叫びが聴こえたようで、微かに楽しそうな笑いをこぼし。 ―――――真剣な声で囁いた。 「覚悟しろ」

ともだちにシェアしよう!