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日誌・78 無防備な(R18)

その時になって、気付く。 いつの間にか、秀が雪虎の足の間に腰を割り込ませていた。心の中で、雪虎はつい唸る。 いったい、いつ下着は抜き取られたのか。 雪虎は状況の把握に、後手後手に回っていた。 そんな雪虎への気遣いなど当然なく、秀はひょいと雪虎の膝裏を持ち上げる。肩へ引っかけた。 いかにも簡単な動作だが、雪虎からすれば、身体が折り畳まれるような格好だ。 正直、苦しい。 雪虎は、秀の行動についていくので手一杯だったが、言葉も気になった。 怖い? 他の誰でもない、この、男が。…恐怖を、口にする、など。 (…珍しいな…というか、はじめて、か?) ふと、一瞬だけ、秀の言葉に違和感を覚える。なにせ。 月杜秀という男は、感情を揺らすことがない。少なくとも、雪虎の知る限りは。 ただ淡々と現実を受け入れ、状況に応じた対処をする。それらに対して何かを感じるということはない。…ない、と思っていた。 それとも、違うのだろか。いつだってそれなりに、思うところはあったのか。単に雪虎が、秀に対して冷たい思い込みをしていた、それだけの話なのだろうか。 いずれにせよ。 意外だ。 雪虎は、すぐには言葉もない。いったい、なぜ。いや、…なにが。 怖かった、のか。 雪虎は、のしかかる秀越しに、暗い天井を見上げた。 つまり、問題は、雪虎ではなく。 この、座敷牢、か? 困惑を隠さず、雪虎は口を開いた。 「この、…場所は」 牢、とはっきり言ってしまうのは、憚られた。 よく表情が見えない秀の顔に目を戻し、雪虎は尋ねる。 子供の頃はあって当然の場所でしかなかったが、意味を知ってからは、ずっと疑問に思っていたことを。 「なんの、ために。いつから、―――――あった、…っんです、か」 途中、声が上ずったのは。雪虎の、後ろに。 熱く濡れた、秀の先端が擦り付けられたからだ。 入り口に、くちゅ、と挨拶をするように、軽く触れる。それを、何度か繰り返されて、…たまらなくなった。 思わず、身体の下に敷かれたおおきな羽織をぎゅっと掴む。 雪虎は全身で仰け反りそうになった。 咄嗟に顎を引いて、秀の顔を睨むように見上げる。 「なんのため、か」 言葉選びに思案するように、秀は独り言めいた台詞を紡ぐ。 その態度が、また…少し。いや、かなり。雪虎には、意外だった。 ―――――いつもの、秀なら。 まともに答えない。 はぐらかすような質問が返ってくるはずだ。例えば、今の場合なら。 (お前はどう思うんだ、とか…) 思うなり。 「―――――…ぁっ、は」 あてがわれた秀の、先端が。 ぐぅ、と押し入ってきた。わずかだけ、だが。 それだけでも、圧迫がひどい。なにせまだ、きちんとほぐしきれていないはずだ。 迎え入れるためには、雪虎が自ら大きく足を開く必要もあった。 もう、たまらず仰け反りながら、懸命に身体を開こうと努力する、雪虎の、上で。 秀が、細く長く息を吐きだす。心地いいのか、掠れ、震える吐息だ。 聞いていると腰にくるような、その息を吐き切って、から。 「ここは、な」 秀は、静かに告げた。 「代々の、祟り憑きが入り…最期を迎えた場所だ」 祟り憑き。その言葉に、雪虎は目を瞠った。 「それって…」 要するに、祟り憑きとは、―――――当代においては、雪虎のことだ。 代々の、というからには、今まで月杜家において、雪虎と同じ体質の人間が幾人も誕生していた、ということだろう。 雪虎だけではなかった、ということに、驚くと同時に、納得もする。 月杜家にとって、彼らを守ることが、祖の誓いであり、存在の意味なのだから。 ならば、彼らはどのようにしてこの体質と折り合いをつけ、日々を過ごしたのだろうか。 痛切に思った。 知りたい。 ―――――いや、待て。 「なん、で」 雪虎の言葉の途中、また、わずかに秀が押し入ってきた。 思わず、奥歯を食いしばる。 押し返そうと力が入る身体から、意識して力を抜いた。刹那。 ―――――…ず、る。 一番太い、亀頭部分が、雪虎の中へおさまった。 仰け反ったまま、息を整えるのに懸命になる雪虎の代わりとばかりに、秀が言う。 「トラが聞きたいのは、…なぜ、彼らがここに入ったか、かね?」 その息も、弾んでいる。 それでも、動きは止まった。 雪虎の身体が秀の大きさに慣れるまでは、待つつもりがあるのだろう。 ありがたいようで、それなら、最初からもう少し解してから挿入してほしかったという恨めしさも湧く。 泣きたい気分になりながら、仰け反った顎先を、それでもわずかに上下させた。頷くように。 「…代々の、祟り憑きとなった者は」 荒い息の中、秀の声が沈む。 それでも、―――――冷静な声で、告げた。 「皆、二十歳になる前に死んだ」 …は? 雪虎は呆気にとられた。いっきに、そちらに意識を持って行かれる。とたん。 「ぅ…っ、ああ、あっ!」 ぐうっとさらに押し入られ、雪虎はとうとう悲鳴じみた声を絞り出した。 肉、だけでなく。 骨盤そのものを無理に押し広げられるような。 内臓を押し上げられるような。 (で、か、すぎ…っ、) 無意識に、身体が逃げを打った。 その、雪虎の、肩を。 秀の腕が、無慈悲に抑え込む。 逃げられないように、むしろ、雪虎の方から、自ら身体を沈み込ませるように。 それだけ無理に、雪虎の身体は折り畳まれている状態だった。 ろくに息もつけない。 ただ、力なく喘ぐだけだ。それに。 (…また、ゴムしてない、だろ) 内心、秀を罵る。 酸素を求め、口が閉じられない。 目尻が赤く染まり、視線が虚ろになる。 色づき、濡れた唇からこぼれるのは泣くような息だ。 乱れた浴衣の下から覗く、雪虎の汗ばんだ肌。日頃の険が抜けた雪虎の顔は、いかにも無防備な印象を与える。 光の加減で、そんな雪虎の表情は、秀からはよく見えた。 まだしっかり馴染んでもいないのに、秀は雪虎の身体を無茶苦茶に突き上げたくなる。 それ以前に、あまりの淫蕩さに、一瞬、放ちそうになった。 かろうじで、こらえる。 「あ、かいちょう…っ」 秀の状況も知らず、頭を横に振って、雪虎は訳も分からない様子で懇願する。 「も、許し」 懇願にもぞっとするような色艶が滲んでいる。 ずっとこの声を雪虎に上げさせたいという思いを、秀は無理に断ち切って、 「まだだ」 解放は当分先の話だと、雪虎の懇願を冷酷に切って捨てた。 秀自身は、まだ、根元までも埋まっていない。

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