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日誌・117 恋愛相談(仮)

× × × こんばんは。 ボクはしがない武器商人。 地元で地道に安全にコツコツ仕事を請け負っている毎日だ。 武器が流通した結果、どうなろうが先のことは知ったことではない。 金になればそれでいい。そして、手渡した時点で、かかわりは終わりだ。 武器とも人間とも。 糸は切れる。 それなのに。 『やあ、久しぶりだね、みんな』 仕事上がりに酒を飲みながらの、仲間内のビデオ通話に。 その男は姿を見せた。 ―――――相変わらず、野を駆ける獣のように、野性美溢れる顔立ち。非現実的な美貌。漆黒の髪に、鮮やかな碧眼。 夜中に、いきなり太陽でも目にした心地で、彼は目を細める。同時に。 いっきに、覚める酔い。 心中、絶叫。 (やっべえええええ) いや何も、彼はこの男に対して、悪いことなどしていない。 だが顔を見せるだけで、存在感が桁違いだ。 おかげで、すぐ隠れたくなってしまうのだ。 彼が背中を冷たい汗で濡らしている間にも、他の仲間が盛り上がる。 『キョーヤじゃないか!』 『相変わらず男前だな、カザミ』 風見恭也。 通話の参加者の中には、彼がどんな存在か知っている者もいた。 知らない者は、ただ陽気に迎え入れ、知っている者は、緊張と期待を混ぜて彼を見遣る。 次々と挨拶を交わしていく恭也を見ながら、彼は顔だけでなく全身を強張らせた。 恭也の正体を知らない者は幸運だ。 陽気で気のいい感じで挨拶を交わす彼は、一見、人のいい青年。その正体は。 破滅の死神。 電話など通信機器での対話ならば問題なく普通の人間と同じだが、実際に会えば最後。 その人間は破滅する。 だけでなく、人懐こく笑った次の瞬間、恭也は笑顔を向けた相手を平気で殺せる人間だ。 気軽に、それぞれが手にした酒の話から入っていくのに、彼は繊細な配慮をしながら恭也の様子を窺う。 今日はまだ、機嫌がいい方だ。 望んだことではないが、付き合いが長いからこそわかる。 常に微笑を絶やさないから分かりにくいが、今日の笑顔は本物だった。 誰かが、恭也に尋ねる。 『キミがいるなら、そこにクロユリもいるだろう』 間髪入れず、別の誰かが便乗した。 『出ておいで、子猫ちゃん』 からかう口調で口々に言うのに、恭也が画面外に声をかける。 『だってさ。…え? はいはい、わかったよ』 すぐ、彼は呆れた態度で肩を竦める。 はじめて会った時は、美少女と見紛うほどだった恭也の美貌は、今日改めてみれば、すっかり精悍になっていた。いくらうつくしくとも、男性の輪郭だ。 もう、女の子と勘違いされることはないだろう。 どんな言葉を返されたか、笑いをこらえる顔で画面に向き直った恭也に対して、 『何を言われたか当ててやろうか』 誰かが言ったのに、複数の声が重なった。 『酔っぱらいは嫌いです』 そして、げらげら続く無遠慮な笑い声。こういった煩さも、黒百合が嫌うところだ。 基本、無表情だというのに、おそらく今彼女はしかめ面をしていると、想像がついた。きっと、そんな表情も凶悪に愛らしい。 もちろん、彼も黒百合のファンである。 そう思えば、ただ聞いているだけだった彼も幾分気持ちが和んできた。 ああ、平和だ。 ようやく気分が落ち着いたところで、彼は思いきって口を開いた。 「ところで、何か用事があって顔出したんだろ? 誰に何の用?」 聞きたいことがあるならどうぞ、と彼は促す。 和気あいあいとした雰囲気の中で聞いたのは、彼なりの予防線だった。 どうか、問題は大勢がいる場所で提起してほしい。一対一で聞くのは怖すぎる。 もちろん。 後悔するのはすぐだった。 『うん、キミにね、色々聞きたいことがあるんだけど』 ふうん、ボクに―――――いろいろ? 恭也の返事は、朗らかだ。 対して聞いた彼の心はいっきに蒼白になる。 色々ってなに。 できれば一つに絞ってくれないか。 土下座して懇願するからさ! が、残念ながらできる場面ではなかった。 ちょっと胃薬を用意してきたい。胸をおさえた彼に構わず、恭也は口を開いた。 『ほらこの間話しただろ、ぼく好きな人ができたって』 危うく、口に含んだビールをパソコン画面に噴き出しそうになったのは、何も彼だけではなかったはずだ。 覚えていた。 忘れたかったが。 なにせ、彼の耳に、その言葉は。 ぼく、とっても殺したい人がいるんだ。 という台詞に変換されていたからだ。 え、なに? これから、相手をどんなふうに始末したかの話が始まるの? それともまだ殺せないんだ、とかいう話になるの? ここで無残な話は開示されないだろうが、咄嗟に固唾を呑んだ彼の耳に。 『その人と、今度旅行に行けるかもしれないんだ』 はにかんだ恭也の口から、まったく別の方向性の言葉が飛び出す。 ―――――うん? あまりに普通の話過ぎて、逆に違和感が半端ない。 黙っていれば、画面の中の恭也は、徐々に難しい顔になっていく。 『手筈はぼくに任せてくれるらしいんだけど。…ちょっとこういう話は、黒百合じゃマニュアル的すぎて参考にならない。どんなことすれば、気に入ってもらえるかなぁ』 柳眉を潜めた恭也に、今度は、彼は口の端からビールをこぼしそうになる。 汚くて申し訳ない。 しかし、本気で唖然となった。 え。まさか。これって。 …本当に、字面通りの、恋愛相談なの? あり得ない。 彼は頭を抱えそうになった。 ―――――だって、あの死神だよ? 会った相手を破滅させる、そして抱いた相手は全員死に至らしめた、不吉の塊の悪魔憑き。 そんな男が。 誰かと旅行。 ―――――え、無理心中? 言いさし、危うく、堪えた。 固まった何人かを差し置いて、恭也の正体を知らない連中がいっきに盛り上がる。 『へえ、どんな女だ。国籍は? 可愛いか? 美人か?』 『気に入ってほしいのか、可愛い悩みだな!』 『相手の好みとかは押さえてんのか?』 好き勝手な言いようだが、興味を持って、皆、それなりに答えようとしていた。 『ん、日本人。整った容姿だよ。どっちかって言うと、美人系かな。でも家庭的でさ。ちょっと性格が古風』 『日本人で古風…だったら、礼儀作法には煩そうだな』

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