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side Master 1
泣き虫だと思っていたあいつは、最後は泣かなかった。
ぐっと堪えて、決心した顔を見せて……
体に痕が残るほど乱暴にするような、倫理に反するその関係を良しとする相手に、それでもついて行こうと言う表情は 殉教者のそれに近い。
駅の人混みはあっと言う間に二人を隠して……
ドラマだとここでエンディングとか流れて主人公達はハッピーエンドで終わるんだろう。
じゃあ、モブはどうすりゃいいのか……
「なぁ どうすりゃいいよ」
背後に尋ねると、後ろの気配は横に並びながら軽い声で答えてくる。
「ピエロはピエロ役に甘んじればいいと思いますよ、ぼっちゃん」
「ぼっちゃん言うな」
「ではお坊ちゃま」
あまり評判のよくない目を眇めて睨み上げてやれば、隣の背の高い男はしっとりとした笑いを表す。
ぴっと長い指が二本、目の前に突き出される。
「二択です」
ぼっちゃんかお坊ちゃまか?
「ぼっちゃんだな」
「いえいえ、追いかけて負けるか、追わずに負けるかです」
呼び方のことではなかったらしい。
しかも、負ける 以外の選択肢はないようだ。
しばし雑踏の音と、三船と佐伯部長の関係を知ってしまった衝撃で大きくなった心音と、軋む胸の音を聞いてから吐き出した。
「無理だろ」
「人間諦めが肝心ですからね。ぼっちゃんも成長されましたね」
にこにこ笑うこの若い男は、オレ付の……言わゆる世話係、執事だ。
「オレは今、お前の顔を見たくないんだけど」
「おや 」
人を食ったような笑顔だ。
細められた目は睫毛も長いし、唇は艶めいている、鼻筋の通った綺麗な顔立ちをしていて見ている分には申し分ない。
憎たらしい程、鑑賞向きの顔だ。
「 ぼっちゃんはこの顔がお好きではございませんか?」
身をかがめてわざと見上げるようにしてから、顔がよく見えるように髪をかき上げる。
自分の視線より下になると更に似通ってくる顔立ちにイラついて目つきがますます悪くなるのを感じた。
でもそれも、この執事には嬉しいことのようだ。
「『 あの、 小林先輩?』」
声まで似せてくるのだから始末が悪い。
ぐぃっと押しやってロータリーの方へと歩き出す。
「車を回せ」
「待機させておりますよ」
二、三歩いて振り返る。
「中止になるってわかってたな」
「いえ、備えよ常に です」
胡散臭い綺麗な笑顔を見ていると本当に腹が立つ。
でも、この手の顔が堪らなく好みなことの方が更に腹立たしい!
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