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32(side翔瑚)
「んー……この先はショーゴ知ってるよな。こっちの高校行くから一人暮らしって理由で隔離? 的なお引越し。コーコーダイガク。今に至る」
「…………」
「あとは、もうねぇなぁ……人生語るの、五分もかからねー。薄っぺらー」
咲の話はすぐに終わってしまった。
ダルそうに語った咲は自分のことに興味がないせいで話に飽きてきていて、飽きたと俺が察する時にはもう畳みにかかっていた。
だが、咲がなんでもないようにあっさりと語った過去は、あまりに|惨《むご》い。
生まれつきうちに監禁されていた。
実の父親に性の対象とされていた。
それを愛だと思っていた。
しかし咲は咲のままなのに、体が育つと父親は咲を愛さなくなった。
そしてそれ幸いと高校進学を理由に家を追い出され、事実上の隔離だ。家族は誰も様子を見に来ることはない。
唯一の愛を失うと同時に家族に捨てられ、今なお隔離されている壮絶な人生。
なまじ金を与えられ不自由させていないことと本人がそれを非常識とすら認知していないことで、今まで幼い咲の歪みを正す大人がいなかった。
俺が咲と出会い、咲が受験に合格するようにと勉強を見ていた時。
全てわかった上で、咲は──サヨナラの理由を学んでいたのだ。
その身にありながら、笑ってゲームをしていた。
俺を、救ってしまった。
「ねー……ショーゴ、全然喋んねぇの」
もそもそと口元をもごつかせて不思議そうに呟く声。ハッと我に返った。
フィクションみたいな話だ。
すぐには脳に染み込まず、ようやく感情が追いついた俺は、今度は締めすぎないようにぎゅっと腕に力を込めた。
「悪かった……そんなに辛い過去を聞かせてくれて、ありがとう」
「え。全く気にしてねぇしいーよ。聞かれたの初めてだから珍しい話かもだけど、ゆうて聞きたいって言われたら誰にでも語るし」
「でも、今は俺が聞いたから話してくれたんだろう?」
「まぁね」
でもそんなことに興味があったのはお前だけだ、と、咲は小馬鹿にしたような、呆れたようなため息を吐く。
俺はもっともっとと強く抱きしめる。
洪水のように押し寄せる感情が溢れて止まらない。
咲が人から与えられる愛情を信じない理由は、ここにあった。
そしてそれは修正されることなく刷り込まれ、咲の愛する心は朽ちたのだろう。
「ン……苦しい、ショーゴ……ゲホッ……」
「あぁ、すまない……眠いか、咲……? 寝てもいいんだぞ……」
強く抱きしめられ咳き込む咲を優しく抱き直し、背中をさすり、髪をなでる。
言葉の代わりに手つきで愛を伝えていくと、咲はうつらと船を漕ぎ、瞼を何度も閉じそうになっては薄らと開く。
「んーん、フェアに行こう……オマエの昔話も、聞かせてみな……」
眠そうな声。
はぁ、と触れる熱い吐息。
咲もこうして体が弱った時は、人寂しいと思うのだろうか。語るうちに悲しみを思い出したのだろうか。
どんな理由でもよかった。
咲が俺の前で無防備にされるがままとなり俺に興味を持ってくれるなんて、奇跡的な光景だからだ。
「おっ……俺の話を、聞きたいのか? 俺はなにも面白い生まれや育ちではないぞ?」
「あはっ、ショーゴだかんね……そーゆーのは……期待してない。なんであんなクソダサかったのかでも、語ってよ……」
眠り落ちそうなたおやかな声に誘われ、俺は自分の話を、少しずつ語る。
生まれ育った街や学校での出来事。
友人や家族のこと。困ったエピソードや、生活の話。
咲の何倍も時間がかかった。
普通に生きている人なら当然だ。子どもの頃や家族、最近の出来事を語れば、当たり前に五分じゃ済まない。
最後まで語ると、咲は夢の世界へ片足を突っ込んでいたくらいだ。
そういう、意識の朦朧とした時に言うのだから、俺もずいぶんズルい男だろう。
「咲……お願いを、聞いてくれないか……?」
「ん……?」
──今度から、咲が弱った時は、俺を最初に呼んでくれ。
「そんなこと? イーヨ。こーゆー時は遊んでやれねーけど、そんでいーならね。我慢してろな。抱き枕」
第四話 了
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