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31(side翔瑚)
「ちっちゃい俺はいろんな本を読んだよ。弟と絵本を読んでから勝手に文字を覚えて、いろんな本をな。そう。その中に、こんな話があったかな……まともな愛情を与えられなかった赤ん坊は、精神構造がズレるんだって」
「……咲、それは……」
「あ、でも俺ちゃんは愛情を貰ってたぜ。ラブラブだった。大丈夫」
「そうか……よかった」
「クク、なにが?」
小首を傾げる咲になんでもないと笑う。
息もできないような話を聞いてヒヤリとしたが、咲が愛されていてよかったとホッとした。
小さな声でローテンションのまま口調だけがいつも通りの軽薄な言葉で紡がれる。
人形の中の一人としてカウントされていた咲は、昔は今のようなふざけた姿じゃなかった、と言った。
なにがふざけているんだ?
咲はそれこそ作り物のように美しい。羨ましがられるような男だろう?
俺が不思議がって尋ねると、昔の咲は華奢で小柄で、女の子のように愛らしい子どもだったのだ、と笑う。
咲の父親は、男らしい今の咲ではなく、幼い少年少女を愛していた。
「父親好み、ドンピシャだった。だから、たくさん愛されたぜ」
「そうか」
「一生分くらい、抱かれた」
「っ!」
父親から、愛されていた。
それがどういう、愛だったのか。
なんの臆面もなく告げられた真実に驚いて腕の力を強くしてしまうと、咲は「苦しいよ、ショーゴ」と苦言を呈して俺の頭をゴツッと手の骨で殴る。
容赦なく痛い部分で打たれたのに、俺は痛みも感じず、言葉を失った。
だって、それじゃあ咲は……──
「っ……それは……実の父親、なのか……?」
「そー。言って、血が繋がってるだけじゃん。子ども好きなお父さんの身近に子どもがいたらそうなる。簡単な話だね」
「だ、だけどその子どもは自分の息子だろう? 抱くというのはハグとか、そういう……」
「? セックスに決まってんでしょ。知ってるだろ? いつもオマエにすること」
「……っ……」
「パパが俺に、挿れて、出す」
言葉のあや。意味違い。
そんな悪あがきは早々に淘汰された。
もう俺はなにも言えなくて、薄く開いた唇をはくはくと開閉させながら、咲の白い頭を揺らぐ視線で見つめた。
「ショーゴ、気持ち悪い?」
「っそうじゃない。そうじゃなくて……」
「いーよ。これ聞いたらなんか、普通はそんなん気持ち悪いらしくてさ。ママも弟も、俺のこと気持ち悪いってな」
違う、よくない。俺は咲を気持ち悪いだなんて思っていない。
思っていないが、俺の苦々しい表情から不快感を読み取った咲は、それを自分への嫌悪だと思いながらもあっけらかんと流す。
父親は実の息子である咲を本物の人形のように扱い、犯した。
母親はそれを咎めなかったが無関心で、咲の存在を無視している。今なお。
過去に共に絵本を読んだと語った咲の弟は、いつからか咲を心底嫌悪していた。
それら全て、咲は気にしていなかったし、今も気にしていない。
途中からだが学校に通えていたことで所謂常識も知り、遊び相手もできた。
人生の手を抜く方法はその時に覚えたと言う。笑う咲に「ショーゴに言ったことあったっしょ? もっと気楽に生きてみなって」と言われて頷く。
咲に恋する前のことだ。
俺と真逆の咲の言葉は、いつも俺に新しい世界を開いてくれた。
「俺の初恋ってやつはねぇ、オトウサン。たぶん? 恋の感覚があれで合ってるならそう。俺は俺なりに、愛し、恋をした」
熱を持って汗ばむ体から、いつの間にかふらりと力が抜けていた。
「でももうね、かわいくない俺は要らないんだって。俺はもう、子どもじゃねぇから」
「あんなに執着して独り占めして愛してるって言ってたのに、気がついたら興味なくなってた。生まれてからずっと、愛してるって言ってたのに」
「理解できねぇよ。そういうの、わかんない。だから好きとか愛とか、本物がわからなくなった。俺にはできないことだった。俺にはわからないことだった。人に対する感情はたぶん全部冗談なんだよ。本気にしたほうがバカらしい」
「自分も、製造元の家族ですら俺を愛してない。つまりそういう価値がない。無価値」
「それだけはもう、わかった」
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