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30(side翔瑚)
咲になんでも聞いてもいいと言われて、聞きたかったことをもう聞いていた俺は、どうせなら普段聞けないことを聞こうと思った。
咲がなぜ咲なのか知りたい。
いちいち聞くことでもなく、そんな話をすることも、俺たちの間ではないから。
「では……その……俺と出会う前の……咲の小さい頃の話が聞きたい……」
「ちっちゃい?」
「あぁ。昔はどんな子どもだったかとか、どういう暮らしをしていたかとか、家族や友人のことなんかでも構わない」
「ぶは、なにそれ。ツマンネェわ悪趣味だわで謎チョイス。マジで聞きてぇの?」
「い、いやか?」
「いーよ。別に」
「ぁ、ありがとう……」
ケラケラと笑ってからかわれる。
そんなに変なことを聞いた気はしないのだがなんでだろう。ツボに入ったのかもしれない。勇気を出して踏み込んだのだが。
よくある流れだと思うがな。友人と家族の話や思い出話をしたことはある。一度は誰しもあるはずだ。
小学生のころはこうだっただとか、昔こういうことがあったんだ、だとか。
ザリ、とキツく髪をなでられた。
痛いくらいだ。
頭皮の圧迫感を我慢していると、咲は喉の奥をクツクツと鳴らして、嗄 れた声でボソリと語り始めた。
「オマエが俺にベンキョーを教えてくれてた部屋。あれは俺の二つ目の部屋なのよ。前は違う部屋だった」
「そうなのか?」
「そー。あれはもともと空き部屋だったワケ。だってさ、ベンキョーできねぇだろ。俺の元の部屋は、人形塗れの部屋……父親のコレクション部屋なのよ」
ウフフ、と内緒話をするように、甘い声が耳元で語る。
俺が家庭教師をしていた時に通っていた部屋は初めから咲の自室だと思っていたが、あれは二代目で、初代は違ったらしい。
だけど人形塗れの部屋、というのがよくわからなくて、オウム返しに聞き返す。
「人形がたくさん置いてある部屋だよ。もちろん、俺もな」
そうして綴られる咲の昔話は、なんだかオカシナ話で、消化するのに苦労する濃密な話だった。
「俺は物心ついた時にはその部屋にいたし、ある程度自立するまで、そこからほとんど出られなかった」
現代で言うと軟禁だ。
咲はそれを当たり前だと思っていたので、変だとは思わなかったらしい。
けれど当然ながら感じるストレスは酷いもので、咲の髪が白に近い金髪なのは、元の色が黒の混じった白だからだった。
外国の血が混ざっているから地毛がそうなのかと思っていたが、違う。
本当は、白髪が多過ぎるのでそちらに寄せて染めていたのだ、と咲は笑った。
俺は顔を顰めたが咲は気にしていないようで深掘りすらせず、ゴホゴホと咳き込みながら話を続ける。
「父親がさぁ、子ども好きなのよ。そんでリアルな子どもの人形をたくさん持ってた。意外とかわいいんだぜ。所詮ガラクタだけど」
「あぁ、それで人形部屋があったのか」
「そーそー。そんで実の子どもの俺は、コレクションの一つだったわけよ。咲野くん人形は、プレミア一点モノだかんね」
「…………」
なんでもないように言ってのける咲を見て、俺の脳裏には、自分を人形だと言った少し前の咲が蘇った。
あれは例え話でなかったのだ。
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