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29(side翔瑚)

 わかっている。無自覚だ。その気なんてない。ただ思ったとおりに生きているだけ。  咲はその気もないのに人を誑かして心の欠片を奪っていくような、どうしようもないクズだ。人タラシ兵器だ。  だが俺が咲を好きだということくらいはちゃんと自覚してほしい。  下心を煽るのはやめてくれ。抱かれていても男なので邪な気分になる。  というかもしかして、俺が恋愛感情を抱いているということをまた一瞬でなかったことにしたのか……!?  添い寝させるなんて酷すぎる。  俺は全然、ムラムラできるのだ。 「んふふ」 「ぅ……う……っ」  ぷるぷると震えて拷問じみた添い寝に耐える俺に、咲は相変わらず咳き込みながら腕を回して抱き寄せ、俺の頭に顎を当てる。  なるほど。収まりのいい枕が欲しかっただけのようだ。俺は抱き枕か。  俺はようやく諦めて、ヤケクソ気味に腕を回し返した。  こうなればもう構わない。俺も夢を見よう。    持ち帰りの仕事、明日の出勤、帰りのこと。人の都合なんてちっとも考えていないこの気まぐれで、最低で、自分勝手な人に惚れた時点で、俺は底なし沼の入り口にいたのだからな。 「筋肉質だからかにゃ。ちょーイイ感じに、あったか枕だべ」 「う……」 「お役立ち、ショーゴ」 「く……」 「お、ホワイトタイムの香水……」 「んん……」  この体は咲のものだ。  咲が俺にトレーニングをすることを教えた。おかげで俺は変わったし続けている。  項を嗅がれて、ヒクリと震える。  咲が好きだといいなと思いながらつけた香水の匂いを当てられて死にそうだった。  自分に自信がないなら自信家の逸品を間借りすればいいとも、咲が教えたんだぞ。  五感のどれかを刺激するものを選べと。  地面を見なれた俺の顔を咲が上げさせたあの日々が、生きている。  お前を好きになって、愛し続けるに決まっているじゃないか。 (あぁ、もう……人の心も、知らないで……)  全部わかって、悪態も吐くのに。  熱くて湿った身体を抱きながら咲になでられる俺は、シャツもしわくちゃで帰宅もできないのに、泣きだしそうなくらい幸せだった。 「ショーゴ、そいや、きょーなにしにきたわけ?」  それからしばらくのあと。  ゴロゴロと猫のように擦りついていた咲は、思いついたようにそう尋ねた。  俺にとって大型の肉食獣に喉元で甘えられているような気分だが。  いつ不意に痛めつけようと言い出されるか戦々恐々としながら、俺は咲の質問に答える。 「咲と話をするために来たのだ」  俺は咲から離れようとして、だけどできなくて、話がしたくて戻ってきた。  今までたくさんの酷いことをされて、酷い扱いをされて、望みがないのに、気まぐれに優しくされると、無自覚に俺の心を救ってもらえると、やっぱり好きだと胸が熱い。  そんな恋が寂しくて、苦しくて、惨めで、もう嫌になって、逃げたのに。  ああも些細なことで、俺の心をまた惹き付けて雁字搦めに捕らえる咲。  片想いという好意の見返りを図々しく求めて咲を試していた俺を咲は当然のように受け入れ、抱きしめ、全ては俺次第でいつでも終わらせられる関係だと気がついたら、手を離せなくなった。  そんな馬鹿げた気持ちを知らないで「ふぅん?」と耳元で息を吐かれて、擽ったさに身をよじる。熱い吐息。 「俺の話、なぁ……暇つぶしにしては最悪手だぜ、あは。でもいーよ? なんでも話してあげる。なにが聞きたい?」 「ン、ん……」  言いざま、ベロリと耳たぶを舐められた。  ゾクゾクと肌がにわかに粟立つ。また耳元で笑われた。擽ったい。

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