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08(side蛇月)
するりと手首を掴まれ、ぐっと引き寄せられる。
トン、と咲の顔に俺の胸が当たって、んー、と低い思案声が振動となって胸に響いた。
ただ引き寄せた、というくらいの力で腰を抱かれているものだから、そんなんじゃ物足りなくて、すぐ離れてしまう。
大好きな咲から離れてしまう。
離れるなんて寂しくて、もっともっと咲が欲しくて、窒息させようってくらいに咲の頭をかき抱く。
「苦しいよ、タツキ」
「お、おれ……言わねぇよ、言わねぇったら、なぁ……っ、だから、咲ぃ……っこ、これは今、いまはおれの、おれのだろ……っ!」
「アハハハハハ! はっ、んだよ、ウケる~。あぁ。うん。構わねぇよ? 俺は今、オマエのもんだ。うん……タツキのそういうとこ、俺はイイと思う。かわいいね?」
「っ、ほん、と……? えへへ……へへ、へへへ……」
むぎゅむぎゅとプラチナブロンドに抱きついて、俺は天にも舞い上がりそうな心地。
見て、なぁ、世界、見てくれ!
これは俺んだ、今は俺んだ!
俺のもんだ! 俺だけのもん!
ぎゅうぎゅうグイグイ。
きっと苦しいだろうに、咲はなにも言わずに抱かれてくれているから、俺は気づきもしないでニヤケ面晒して、これでもかと抱き抱える。
「ンフフ~おれんだ、おれんだ。ふふ~……なぁ、そうだ、咲ィ。おれとってもうまい飲み物を、知ってるんだぜ。店員さんに言えばくれるんだ。へへ……そうだ、もらいにいこーぜ、えへへ……咲にあーげーるー」
「ぶっ、アッハハッ! 言ってることまた戻んの? あ〜もうマジやめろよバッカじゃねぇの〜。クソ酔っぱらい野郎め。アハハ!」
「っ? ぇうっ……う、ふぇぇ……っ咲、また笑ったぁ~……っ」
「マジ泣き上戸ウケる。じゃあオマエそのまま店員サンに酒貰ってこいよ。クククッ、脳ミソ機能してねぇだろ。水渡されるわバーカ。ウザ絡み草」
「やっやだぁー……っ」
「なにがやなの?」
「ぉ、おれおいてかえる……っ……おれの腕の中から、出んなよぉー……っ」
「うーわクッソワガママ。オマエちょい愉快すぎん? ククッ、シホちゃんより面白そうって勘当たったわ」
「ううっ、咲ダメぇ……っお、女の話、しねぇでっ……! さきはおれと飲むから、おさけっ……だから一緒に行こ?」
「そ? ふふ。まぁ俺も肉食いてぇしお酒注文してもいーよ。でもそんかしオマエは全部ケツで飲めな。でなきゃ捨てて帰るぜ? 俺は。うひひ」
「っ! ふっ……ひっく……うぇぇ……っ」
捨てると言われてめそめそとまためどなく泣き始めた俺を抱いて、それでも笑う咲は、俺の耳たぶをちゅ、と吸う。
酒が入って泣きじゃくって、ふわりと意識がぼやける中で、俺は血が出るほど強く耳の付け根に噛みつかれた。
結局、この日、俺はしこたま甘やかされると同時にしこたま泣かされて、咲の暇つぶしに使われることになった。
あれこれと頼んだ酒に再度漬かって泥酔してぶっ倒れたのだが、しっかり放置。有言実行の咲。
しかし俺は記憶がなくなる系の酔い方をするタイプなので、酒を四つん這いや口移しで飲まされたことも、抱かれながら高級な食事を給餌されたことも全く記憶にない。
せっかく飼い猫を愛でるように顎を擦られ嫌がらせと甘やかしのハイブリッドで天国だったのだが、知らぬが仏だ。
とはいえ──後半の咲による酔いどれ俺遊びは、面白おかしくしっかり動画に撮られていたようで。
後日シラフで呼び出された俺は、ホームプロジェクターフルスクリーンの鑑賞会を開かれたことにより心底〝酒は飲んでも飲まれるな〟を心に焼き付けたのであった。
酔って甘えて、なでられて。
されど抱かれて、乱されて。
息吹 咲野とアルコールは、ほどほどに。
甘話 了
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