111 / 306
03(side春木)
少し遊んだあと。
どちらともなく手を離して、俺はトレーの上に放置プレイしていたバーガーを、咲はほどよく溶けたシェイクに口をつける。
咲はテーブルに置いたスマホを指先でカツカツと鳴らしながら、みかちゃんに返事をしていた。
『俺、その診断ドMだったよ。
みかちゃんが最高の罵倒で口説いてくれたら日曜丸一日付き合うかも?』
うは、おもしろがってやがる。
チラ見した画面に表示された返信に勝ち誇り、内心で嘲笑った。
だって俺はなにもしなくても丸一日遊んでもらえるからな。咲の時間を奪うやつなんか全員大嫌いだ。
ふふんと得意げに口角を上げる俺に気づかず、咲はいじめられて少し赤くなった手首を頬に当てて冷ましている。
「マゾの生態ねぇ……そんなに面白いなら、お前のドMなセフレに良さげなこと聞いて試してみりゃいんじゃね? 俺はマゾじゃねーからわかんねーし」
「ドM? あー、あー……タツキ? アヤヒサって俺以外には実はドS。アハハ」
「ふーん」
「あと、ショーゴ。キョースケは痛いのじゃなくて恥ずかしいと苦しいのが好きだから、苦痛系ドMならやっぱタツキとショーゴかなー」
「あ、俺のチャーハン超えたショーゴくんね」
「根に持つよなァ。女々しいぞハルちゃん?」
「うるせーよ咲ちゃん?」
手首に頬ずりする様子が、もう少しそのネタで楽しもうとしていることを察して、それならばと適当に提案してみると咲は嬉々としてノッてきた。
カツカツと画面を指先でつついてニンマリ笑いなにやらメッセージを送り始める。
それを一瞥し、視線を逸らす。
……咲の前じゃあ知らんぷりしているけれど、実は俺は、咲と何度も接触してる人間全員の顔と名前を把握しているのだ。
咲が飽きて絡まなくなるか、咲に耐えられなくて消えるまで、全員。
今挙げられた咲のセフレたちだってみんな知ってる。二人は面識もあるが、興味のないフリをしているだけ。
俺ってすっげえ心狭いの。狭小住宅。
ってか咲監禁部屋みてーなわけ。
だから、万が一盗られたりしないように、候補は全員把握する。
特に咲が自分から名前を口にするような、入れ替わり激しい咲のアソビ相手を長く務められてる執着心の激しい本気の人間どもは、そりゃあもう憎たらしいレベル。
脳みそに名前刻みつけてあるかんな。
女は意外と少ない。
恋愛に発展するのが早いぶんすぐに境界線を超えて消えるし、咲は男しかセフレにしないからワンナイ多め。
だから男で、付き合い長いか咲に気に入られてるやつらが大っ嫌いだ。
初瀬 翔瑚。音待 蛇月。
忠谷池 理久。生多 今日助。
ここらへんが俺的危険人物四天王。まぁオレサマが一番咲に大事にされてますけど。
なんたってシンユウなんで。
オモチャでもペットでもシモベでもショウヒンでもなく、シンユウなんで。
マゾでもサドでも関係ない。俺は咲に抱かれない代わりに捨てて捨てられての使い捨てにならない。対等な存在。
咲と親しくなる連中を把握するに留めてそれ以上はなにもせず牽制もしないのは、咲を縛る気がないだけだ。
俺は咲に脳みそを捧げている。
──ピルルルルル。
「んぇ?」
「なにそのクソ間抜けな声。ウケルわ」
勝手に脳内でドヤ顔して見下して、ニヤニヤしながら目の前の食事を処理していたところ、突然固定着信音が目の前のスマホから鳴り響いた。
妄想から強制的に帰還しうっかり間抜けな声を漏らすと、鼻で笑われる。
ちょっと浸ってたから恥ずい。
ともだちにシェアしよう!