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 そんなウサトの唇を舐めて、二の句をつごうとすると。 「……咲、そろそろ行こう」  静かに一歩踏み出し、相変わらず変化のない冷淡な表情でオネダリをする不忠者の声が聞こえた。  それをコンマ、一瞥。  気持ち悪いぜ、という色を付けて蔑む。  はぁ。はいはいわかってる。  わかってっから黙ってろ。  だから壊したくなる。キモチワルイ。  契約に反するルール違反は自分なので、特に逆らうことはなく背を向けたまま開きかけた口を閉じた。  俺に首の鎖を握らせて服従させてほしがるアヤヒサは、その逆端を握って引きながら、呼吸すら従順ですってフリしてんだよ。  反吐が出るよな。  アーキモチワル。吐きそ。 「じゃーね? うさちゃん」  書類を持ってないほうの手を立てて、ぴょんぴょんとウサギの耳を自分の頭の上で真似て、最初から一人だったような足取りで、開いた入り口へ歩を進めた。  たまに行きつけのバルで会えば話す相手が、ウサトご所望の大宝さん。  住処を知っていた俺は、そのまま書類を部屋のポストへシューティングした。  これが優しさってやつ。間違いないな。  アヤヒサが傍目にわからないほどほんの僅かに驚いて、俺を見た。  まぁね。いつもなら下を歩くウサトに降り注ぐタイミングで捨てるかね。  珍しくいいことをした。  なんでってつまらないから。  つまらなくてたまらないからやる気がナーンにも起きない。  大理石の床を蹴り飛ばしながら、宛もなく歩く。  影なアヤヒサは無機質なままなにも言わなかったけれど、エレベーターの階層ボタンは押した。  俺はそれを許した。ご褒美だから。  開かれた前方を道なりに進むと、あるドアの前でそっと声をかけられた。  カツン、とかかとを鳴らす。 「このあと降りそう。そういうニオイがすんだよね」 「ん? あぁ……しかし、土砂降りじゃないと見向きもしないだろう? 半端な悪天候は、話題にもしないクセに。……さぁ、会場はここだ」  そんな意味じゃないよ。  普通に雨降りそうって意味。  すぐ深読みする。ハズレとは言ってねーんだけどさ? あは。  懐から取り出したシンプルな黒地のアイマスクを装着するさまを眺める。  常に張り付いている鉄仮面と合わせて二重の仮面だ。無様だね。  ノックもしないでシックな装丁のドアを開き紳士的に手を揺らしたアヤヒサは、俺を前に、気取った所作で頭を下げた。 「よくもまぁ、そんなこと頼めるなぁ。オマエ」  アヤヒサのそういうところは、意外と気に入っているのだ。  舌の上が甘くなるような声でつついたあとは、口角がにっこりと愛想良く和らぎ、目尻の下がるバカみたいな笑顔を浮かべた。  わかる?  屈折した道楽者の宴に付き合えって、言ってるんだぜ。この鉄臭い男は。  振る舞い方の話。  まぁなんの肩書もない愚鈍そうなクソガキが、コワーイ権力者のツレなんて、それなりに名演技をかまさないとじゃんね。  はーあ。  プツ、と第一ボタンを指先で外しながら中に入りつつ、優しくて誠実でモノ思いの自分の人間性を絶賛した。  タダヤイケアヤヒサ。  なんて貪欲で人臭いオートマタなんだか。 「お前、リサイクルショップでひきとってくんないかな」  廃品回収よりマシだろ。

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