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16(side理久)
部屋の中に入ると、そこにはところどころ赤黒く汚れた大きなベッドがあり、気分の悪くなるようなシンナー臭が鼻についた。不快だ。居心地は最悪。
そのベッドの上に、一人の男がいた。
「あれー咲じゃん! 久しぶりー! めっちゃ寂しかった! 梨花のこと迎えに来たん? でも今下の階でダーツの的になってんよ~ごめんちゃい~」
「んぁー? リカちゃんって誰? とりあ手土産持ってきたよん」
「あひゃひゃひゃっまぁた忘れてんのぉ? カーワイソー! メンヘラホス狂だったのに咲にマジコした梨花ちゃんなの〜」
ドアを開けて入室したのが咲だと認識した途端、男はキレた目をデレ〜と緩めて飛び上がるように駆け寄り気安く咲の肩を抱く。
ヤク中如きが馴れ馴れしいね。
切り落としてしまえばいいのに……そんな腕。
傷んだ金髪と褐色の肌。縦に長く痩せた体躯。それなりに整った顔立ちもピアスだらけで血色が悪い。
そんな虫でも、ここのリーダー。
私が把握しておくほどの人物でもある。
いつの日か、咲の女がトラブルを起こしヤツらのおもちゃになった。
女は助けを求めて電話をかけてきた。
咲は面白そうだからとここへ来た。
そして、女を彼らに譲った。
なぜかはわからない。調べがつかなかった。それからこの男に気に入られ、ここでの自由を許されたわけだ。
そんな経緯までわかっているのだから、私は当然、自分のこれからに察しがついている。
道楽パーティーで咲を生贄リストに並べた私の自業自得なのだが、サラサラ誰かに差し出す気なんてなかったのだ。
私の褒美だ。
咲の時間を好きにする権利を、貰ったはずだった。
ドレスコード違反のために嫌がらせを思いついた咲が、彼らに好かれるように動き、あまつさえ私の立場ごと踏み荒らすとは。
本当に、思い通りにはいかない。
「なぁなぁ咲、今日はコレが手土産? あひゃひゃっ久々じゃん男はさぁ! みんな呼んできていー?」
「いいぜー。でもこれ回収予定だからあとで返してね?」
「めっず! いつもあげるって言ってくれんのに! んにゃら咲がやらせてくれんならね? 我慢してあげんべ!」
「アハッ劉邦 チ✕コでけぇもんお断りだわ。穴ならなんでもいいのかよ。変態さんの考えてることはわかんねー」
「ウヒャヒャ変態に変態って言われたわ大草原ワヒャヒャ!」
ヒィヒィと笑う男にあははと笑い返した咲が、もう用はないとでも言うように私を無視して踵を返した。
そして出口の前に立ってから、咲は振り向いて、私の頭を優しくなでて微笑む。
「さて、ここが俺のパーティー会場。ドレスコードは大事な線がキレてること。毎日ブッ飛んだ奴らが遊んでるドラッグとイカレ頭の掃き溜め」
「ここでちゃんと、俺の手土産らしく振る舞っておいで?」
「ツケを払い終わったら、忘れてなければ迎えに来るよ」
咲は命令する時、優しく笑う。
命令内容はいつも無茶ばかり。
なのに私は、嬉しくてたまらない。
なにも命じられずに漂うより、自分の命の標が欲しい。
だって、命令を遂行し終えるまでは、私を必要としてくれるだろう?
例えそれが、殺されようが、犯されようが、漬けられようが、おとなしくされるがままでいろと言うトンデモナイものでも、だ。
咲は私の無二の主。
一目惚れというものを、あなたは信じないのだろうね。
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