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 日本家屋を絵に描いたような豪邸だ。  木造の大きな屋敷。  周囲には風情豊かな枯山水を調和させた庭園を望むことができる。  住んでいる人間の数に比べて不釣り合いな広さを誇るそれを見上げ、咲野はおもむろに門をくぐった。  ベージュのチノパン、襟に柄の入ったシャツ、真っ赤なセーター。  カジュアルな格好で飄々と歩く咲野の後ろ姿に、柔らかな茶髪をなでつけた美丈夫が涼しい目元を下げて恭しく頭を垂れ送り出す。  今朝方早くに咲野のうちへやってきて寝込みを襲い覚醒させ、身支度の世話をしてからここへ送り届けるまでが、彼の仕事だ。  咲野は背後に目をやることもなく厳粛な屋敷──自分の生家へ、野良猫のように音を殺して入り込んだ。  手ぶらで身一つ。  実家であるのに、まるで不法に侵入する部外者かのような空気を醸し出しながら、咲野は両手を広げても余裕のある無駄な幅の廊下を歩く。  そうしていくつもの部屋を過ぎ、最奥の目当ての座敷へ辿り着く。  襖を見つめる表情は、恐ろしいほど無であった。  見慣れたいつもの人を食ったような薄ら笑いは影もない。そうなると瞬きをしていなければ不安をもたらすほど無機質で、色素の薄い肌も、瞳も、髪も、あたら整った顔つきも、いよいよもって人形らしかった。  本来は、これが素顔なのだ。  普段は意識的に口角を上げているにすぎない。ないものが多すぎるから、それなりにパーツを揃えなければ。  丁寧に建てつけられた襖は、擦れる音を奏でることもなくするりと滑らかに滑り、咲野を室内へ迎え入れる。 「あらまぁ」  トン、と自分を迎えてから襖を閉めると、外の光を遮った薄暗い室内から、大仰な女性の声が聞こえた。  声のほうへ視線を向ける。  高価な衣服で着飾った壮年の女性は、咲野の叔母だ。  他にもいく人と長机をかこむ面々は、息吹の親族。  中央に座る怜悧な男。  無機質なその人が、紛れもなく血の繋がった咲野の父親だった。  その隣には、汚らしいものを見るように咲野を睨めつける母、と、弟。  昔はともに絵本を読んだ記憶もある弟はすっかり青年へと成長し、母と同じ目で咲野を睨み侮蔑している。  呪詛のように嘲るほうぼうの視線を手馴れたふうに無視しながら、咲野は父の隣、その少し後ろに控えるように立った。  魑魅魍魎の化物会議。  息吹の親族は、皆なにかしらの業界で地位を持つ。  そのトップたる咲野の父は、無音で控える自分の息子をちらりとも見ることはない。  もちろん存在を認識しているしなにもかも承知の上で理解もしている。全ての前提で視線をやらない。  興味がないのだ。  それをわかっていても、咲野はなにも感じなかった。  それが当たり前で、彼にとっては当然の理だから。  人格形成に関わる全ての時間を、侮蔑と嘲笑、好奇と揶揄に彩られて、唯一の父の愛は狂い、それも今や朽ちている。  その生まれついての時間は、息吹咲野を歪ませるに十分だったのだ。 「それで当主、今日は?」  咲野がいつもの位置に立ったあと、役者は揃ったとばかりに本題を切り出された。  飄々とした生ぬるい声は従兄弟の声だ。 「荒野(こうや)が今年大学を卒業する。それを期に、正式に後継者として据えようと考えている。それを伝えようと思ってね」 「へぇ、いい話じゃないか。確かに身体のほうもすっかりよくなったもんなぁ」 「あぁ、叔父さんにはお世話になったよ。昔は病弱だったけど、今は風邪一つ引かない。過ぎるくらいに至って健康体だぜ」 「なに、かわいい甥っ子のためさ」  はっはっはと笑う男。  低く語る父の声を皮切りに、親族たちは和気藹々と各々が話し始めた。

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