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 荒野は、咲野の弟だ。  若さを感じさせる顔つきだが、高校の頃に運動部に所属してからぐんぐん伸びた身長、鋭い目つきと短めにさっぱりと整えられた黒髪、精悍な顔つきが、父によく似ている。  昔は痩せていたし、病にも弱く、いつ死ぬともわからない有り様だった体は、見る影もない。  淡泊で色の薄い兄の咲野のほうが病弱と言われてまだ頷ける風体だろう。  ざわざわと楽しげに話し込んでいた親族の中で、ふと父の左手側に座る女──母が冷えた声で告げた。 「じゃあもう、スペアはいらないわね」  その声に、吹き出しそうになったのを頬の内側を噛んで耐える。  スペアというのは、当然自分のことなのだ。  本当ならば、父に必要とされなくなった時点で縁を切りたがっていた。母がそうしなかったのは、咲野を憎む反動のように溺愛している弟の身体がまだ弱かったからだ。  母の言葉が波紋し、一斉に親族たちが咲野を見た。  無表情の彫刻だった咲野はその視線を受け、優雅に笑みを返す。  ドキリとする、絵画のような微笑みだ。 「あぁ……」  今の今まで興味のない様子だった父は、母の言葉を聞き、そういえばと思い出したように背後へ目を向けた。  実の息子、それも長子である咲野をどうでもよさそうな濁った色で見つめるその目は、咲野が鏡でよく見る瞳とうり二つだった。 「サクヤはもう〝代わり〟がいるからなぁ……」  小首を傾げる父の容姿は、自分よりずっと弟に似ている。  それでも所作は、自分と似ているなぁ、と持ち主を見つめ返す。  父は咲野から目を離し、弟に向き直った。 「荒野、元々お前のスペアだろう? どうだ、手元に置くか? どの役柄で扱うにせよ、内臓も頭の出来もそこらにいるものよりは優良だが……」 「は、冗談だろ。こんな淫乱と血が繋がってるってだけで虫唾が走る」  心底気持ち悪いと不愉快に顔を顰めて舌を出す弟へ、フラれた父は残念そうにそうか、と返す。  奇妙なことに咲野を愛玩した父は、弟はキチンと息子として接しているのだ。  なにが違ったのか、なにを間違ったのか。それはわからないが、弟は家族で咲野は人形なのだ。  不思議でならないが、まぁ、自分が自分であるがため、そうなったのだろう。  咲野の知る由もなく知りたいとも思わないそれは、ただの偶然なのだが。  単純に弟が咲野ほど好みではなかったことと、すでに咲野という玩具を作っていたため次の子どもは跡継ぎに、と決められていたからにすぎない。  なにも知らない赤ん坊の頃から、余計なことを知らないように閉じ込めて、自分の好みになるように育てる人形は、ハンドメイドの唯一無二。  最初の子どもはそうしたい。  そういう約束でできた子どもだから。 『人形であれ』と、生まれた人間。  そして咲野が出自の真実を知ることは、この先決してないだろう。  母の言葉に納得して、虫唾が走ると言った弟を見つめる。  目が合ったから、口パクでコウ、と呼びかけると、苛立たしげに目を逸らされた。  咲野だけの呼び名で呼ばれるのが嫌だったのかもしれないが、真偽はわからない。 「お前たちはどうだ? コレはなかなかいい人形だよ。泣くことも喚くこともない。子猫程度にはかわいげもある。卑屈ではないが傲慢でもなく、決して反抗しない。割合芸達者だ。男も女も数場所内容問わず、一通りの遊戯はじょうずにこなす」  不用品を押し付けるように、父は捨て場を探して尋ねる。  皮肉なものだ。いい人形、だなんて、自分は捨てるくせに。  これっぽっちも愛してはいないのに。

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