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03

 咲野を見つめる親族が、ううん、と悩ましげに渋る。  それらに向かってそれらしく振る舞おうと、咲野はうっそりと妖しく微笑んで、誘い込むように目を伏せた。  どうにも目が離せない。  そういう笑みだ。そういう男だ。  数人の親族がゴク、と息を呑んだ。  無造作に扱っても不精に見えないプラチナブロンドのウルフヘアーが揺れ、長いまつげに縁取られた瞳はいつも緩慢に瞬きをする。  今は亡い母方の祖母が北欧人だったからか陶器のように滑らかで白い肌を持ち、細身だが貧相ではない長い手足と長身の体躯は、しなやかで美しい。  女性ならつい目で追うような男。  同性であっても、視線を奪われそうな香りがあった。  中身がどうしようもないカラッポでも、人を狂わせるほど美しいから、誰かの目に留まってきたのだ。 「誰か……要る? 俺」  言葉以上、特別に売り込むことはしなかった。  ゆるりと視線を回し、目を奪われ声の出し方を忘れた親族を洗う。  興味のない者。惹かれる者。嘲る者。侮蔑する者。そして家族。  その中から手が上がることはない。 「……わかった」  上がらない手にも手を上げられない息子にもこれと続く口を出さない父や母の考えは、熟知している。  心得たように呟いて、咲野は来た時と同じように、また静かに部屋を出ていった。  なんのことはない。  晴れて持ち主のいなくなった野良の咲野は、またあのゴミのように追いやられた冷たい部屋に帰って、一人生きていくだけだ。  それが一生だと、そう決まっただけだ。  親に捨てられたというのに、その足取りは来た時と、やはり少しも変わらなかった。 「だぁれ?」  かつての自室には、新しい咲野がいた。  まだ年端もいかない幼い咲野だ。  柔らかで癖のない長い黒髪を揺らし、キョトンと無垢に見つめる愛らしい少女。  ただの気まぐれで、もう来ることは許されないこの屋敷の自室を見ておこうと思ったのだ。  相も変わらず人形にまみれたその部屋の中央で、不釣り合いなぬいぐるみを抱えているその少女が、先ほど父がこぼした咲野の〝代わり〟なのだろう。  咲野は彼女に近づき、しゃがみこんだ。  なるほど、父好みの人形だ。 「俺? 咲野」 「ほんと? わたしも咲夜っていうの。おにいちゃんと、おなじだね」 「ふふ、そうだな」  名を告げると、にっこりと笑う少女。  それに柔らかく微笑み返す。  名字を言わないのは、もう自分はここの持ち物ではないからだ。 「咲って呼んで? 紛らわしいだろ」 「うん、さきおにいちゃん。ねぇ、いっしょにあそんで? わたし、いつも一人なの」 「あはは、バカだなぁ。人形同士じゃあそべねーよ」 「そうなの?」 「うん」  常識知らずな咲夜に、常識を教える。  残念がる彼女の髪をポンポン、となでて、咲野はのそりと立ち上がった。 「いくの? さみしい」 「大丈夫。すぐ終わる。もういらない、って言われたら、俺のとこにおいで。いっしょに、ごっこ遊びでもしよう」 「うん。やくそくね」  知識でしかない指切りげんまんを、サイズ違いの指を絡めて、初めてやってみる。  ただそれだけの出会いだった。

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