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22(side翔瑚)

 だけど、変わるのは怖い。  だから逃げようとしたが、腕を絡められて見た目よりずいぶん強い力で引き止められているので離れることすらできない。  酷いと思った。  心を許しそうだったのに強引に迫って、やはり自分勝手で最低だ、と手のひらをコロコロと返して震える。 「〜〜っどうしてみんな勝手なことをっ」 「はは、俺みんなじゃねーし」 「ぅわっ……!」  そんな俺に手を伸ばした咲は、陰気に伸ばした俺の前髪を乱暴にかきあげた。 「はっ……」  クリアになる視界。目が合う。  咲はやはり薄く笑っていて、硬直した俺の唇にチュ、と二度目のキスをする。 「ほら。ビー玉みたいにキレイな目玉」 「……っ……嘘、てきとうだ」 「俺はホントのことしか言わねーよ。俺はセンセの……ショーゴの目は真っ直ぐ見ていたいな」  ──魔性の男がいるのならこういう姿をしているのだろうと、漠然と考えた。  嫌いだ苦手だというオーラを出して誘いを断り、はぐらかし、逃げようとして身勝手に怯えて拒絶する卑屈で面倒な人間。  そんな俺でも咲が受け入れるから、俺はこれ以上もう動けなくなってしまったのだ。 「髪はいつもどこで切んの?」 「ネットで安いところを探して……」 「まーそれでもいいケドとりあ俺の行ってるとこ行こー。普通のトモダチの実家の美容院なんだけど友達価格で安くしてくれんよ」 「びっ美容院なんて行けないっ、それに決定なのか? 咲、い、行こうって?」 「うん。ケッテーだし俺も一緒に行く」 「いやそんないきなり言われても、俺はお、オシャレな服を持ってない……っ」 「なんでもいーのに。じゃ、服も買いに行こー。今行く?」 「いいい今……!?」  そうして思い立ったが吉日とばかりに行動が早すぎる咲が俺を巧みに連れ出し、あれよあれよと宛てがわれた服をいくつも購入。  あっけらかんと笑って経費だからと言い切ったが、俺は始終泣きそうだった。  しかもその荷物を置くという名目の元俺の自宅まで把握されて、気がついたら部屋にも入っていた。  人の懐に入るのがうますぎる。  安くない服を奢られて強く拒否できるほど俺は割り切った人間じゃない。  なんの変哲もないアパートなのに咲は「ダセー、ショーゴっぽいわ」とケタケタ笑って、俺は恥ずかしすぎて死にそうだ。  バカにされていると思い込んで俯いたまま震えていると、咲は俺の頭をよーしよーしとなでて、また笑う。 「バカだなぁ、ショーゴ」  ──ほら、やっぱりバカにしていた。  豪邸住まいの恵まれたお坊ちゃんがしがない大学生の一人住まいを嘲っていたのだ。  行ったことのない眩しい場所によれたラフな服と猫背の冴えない惨めな男を連れ回して晒し者にした上に、わざわざ部屋にまで押しかけてなお笑う残忍なクズ。  憤りと情けなさが目元から滲み、熱を持った雫としてボロボロとこぼれ落ちる。  頭をなでる手がやけに心地いいから余計に心臓がヒクつく。  バカにしやがって、ああ、クソ。  そんなに変わりなく触れないでくれ。 「バカ。お前はバカ」 「うぅ……うぅ……っ」 「自分をバカにしてんのはお前だよ。それに気づかないお前は泣き虫の情けない愚かなバカ犬。んー自己嫌悪と自己否定と劣等感と? あは、飽きねぇの?」 「ぅあ……っ」  確信を突いた声と共に頬を掴まれて、上を向かされた。  また目が合う。今日はよく目が合う日だ。俺が逸らしても咲が俺を見つめるから。 「もっと気楽に生きてみな」 「ん、っ……」  咲は俺の濡れた目元を舐めた。  俺が泣いても、彼は笑ったまま。 「か、簡単に言うが……そう、気楽になんて、生きていけない……」  泣き言を漏らして拗ねたふりをしても、本当はわかっていた。  咲はなにも言っていないのに、俺が勝手に見下されて嘲られていると思い込んで傷ついているだけ。俺はカカシ相手でも同じ結論を出して同じ涙を流す。 「ショーゴちゃんは自傷行為がお好きネ」 「ふっ…ん、ぅ……っ」  みなまで言わずとも答えを突きつけた咲は、そんな最低な俺を見つけても、楽しげにキスを繰り返した。  否定することなく、愚かだと笑った上で相変わらず気ままに口付ける。  俺が最低でも、咲は構わないのだ。

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