203 / 306
25(side翔瑚)
「ショーゴ、つまんねーな?」
「……っ……」
いつかと同じくグイッと強く顔をあげさせられ、俺の曇った視界には、薄ら笑いの王子様が映る。
初めからずっと反応も鈍く淡々と家庭教師業務を遂行するものだから、今日の課題が終わった途端、咲は俺に怒った。
それは俺の勝手な予想だ。
けれど、体がブルリと震えた。
絶対に怒っている。
笑っているが怒っている。怒っていないわけない。必ずそうに決まっている。
だって俺はウジウジとうざったい。
咲のような人は特に、俺のような根暗な人間が面倒でたまらないはずだ。
蛍光灯の逆光になった咲の顔は見えないが、俺は我に返って酷く血の気の引いた顔色になった。
「すまない、あの、満点だ、大丈夫、だから今日はもう終わり、終わりだ」
「いや? 終わんねーよ? むしろこれから始めるんだよ、ショーゴちゃん」
「っ……お、俺には向いてない……」
「どうして?」
逃がす気のない咲が首を傾げる。
俺は蚊の鳴くような声で許しを乞うたが、咲は頷かず、重ねて理由を尋ねた。
シン、と沈黙のまま咲は目を逸らしたがる俺の怯えた瞳をじっと見つめ続け、言葉の先を促す。逸らせ、ない。
「い……今更洒落っ気を出しても、気持ち悪いだけだろう……? 好かれたいと人目を意識しているようで恥ずかしいし、身なりを整えたところで、俺はそれに見合うキャラじゃないから……」
「ぶっ」
そこまで聞いて、咲は堪えられないように一瞬吹き出し、俺の前髪を右手で大雑把にかきあげる。
「それ、誰の言葉?」
「だ、れ……?」
「俺はショーゴに聞いてんだけど。日本語の意味履き違えてるね、センセ」
「──……!」
人を食ったような顔でバカだなぁ、と嘲笑う咲に、俺の心臓はギュゥ……ッ、と強く強く絞られた。
当たり前だろ? という語気で言われたそれは、俺の当たり前ではなかったからだ。
咲は、俺の言葉を聞きたい。
周りの評価じゃなくて、俺がどうして自分に向いていないと思うのか、俺という個人を見て、俺に言葉を投げている。
咲は俺と、話がしたい。
掠れた俺の声が、聞こえるんだ。
「……か、変わって……」
「うん」
「変わって、それがおかしいと言われたら、怖いんだ……透明人間でいないと、俺が、俺が怖いんだ……だから……」
「無理じゃね? 俺がもう見つけてる」
「んっ……」
チュ、とキスをされる。
聞いておいてあっさり流し、呼吸をするように簡単に口付ける酷い男。
もう見つけてる。
それだけの言葉が嬉しい。
──咲はその日「やっぱり服は脱がせやすいほうがいい」と笑った。
似合っているとも似合ってないとも言わなかったけれど、褒められたような気がして、嬉しかったことを覚えている。
恋をしたわけではない。
男の肉欲に誘惑されて、試してみたくなっただけ。
別に恋をしなくとも体の関係は誰でも持つはず。
そう思っていた。
「俺、結構いろんなやつとヤったことあんだけど、いい? そんで割と、酷い男だけど……いいの?」
だけど──それでもいい、と。
咲の酷いところを全部承知で頷いたのだから、きっとこの時にはもう、恋愛感情に向けて、心惹かれていたのだ。
それも仕方がないくらい、咲は俯いた俺の顔を笑って持ち上げる魔法使いだった。
ともだちにシェアしよう!