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27(side翔瑚)

 この日の俺は、咲に告白するために咲の中学校へ走っていた。  恋という残酷な原動力のみに突き動かされて、バカなことをしたものだ。  来客証を貰い指定された教室に向かう。  三年生の教室が並ぶ廊下は、時期が時期なので人気がとんとない。  その内の一つの教室にそっとドアを開けて入ると、そこには予想を外れて、咲の他に三人の男子生徒がいた。 「あぁ来た来た、家庭教師のお兄さん?」 「ん~? なんか最初と違くね? オタッキーだったじゃん?」 「息吹がカスタムしたって言ってたじゃん。そういうことっしょ。たぶん」  トン、とドアを閉める。  大事な話があるからと言ったので、てっきり人払いを兼ねて教室に呼び出したのかと思ったのだが。  もしかして友人たちと話をしていたところだったのかもしれない、と思った。  疑問はあるものの愛想笑いを浮かべて「こんにちは」と挨拶をする。 「あー……ショーゴ、来て」  咲に視線をやると、どこか気だるい様子でちょいちょいとそばに呼ばれた。  嬉しくなって軽い足取りで近寄る。  行かないわけない。無意識に気分が上がる。咲に呼ばれるといつもこうだ。  机は椅子を上げた教室の後ろに寄せられていたので、教卓に座る咲までの道は苦もなく歩けた。  窓際にもたれかかる三人の生徒たちがニヤニヤと俺の苦手な笑みを浮かべていて薄気味悪がったが、そこに咲がいると思えば、足を止める気にはならなかった。 「咲、どうして、ここに?」  尋ねると、咲は返事をせずに教卓に腰掛けたまま両膝に肘をつき、馬鹿らしそうな目で俺を見る。 「あんさ、お前、レンアイ的に俺のこと好きなの?」 「っは、っ……」  ビクン、と大きく肩が跳ねた。  顔中が耳の端まで真っ赤に染まる。図星だったことと、人前で尋ねられたせいだ。  いつ? いや違う、バレバレに決まってる。わかりやすすぎたか。じゃなくて、告白する予定だったからそれはいい。でも二人きりじゃない。困る。  俺は慌てて首を振り、咲の友人を伺いながら声を潜める。 「え、ええと、こ、ここじゃダメだっ」 「は? いいから言えよ。どこでも答えなんか一緒じゃね? 焦らしプレイの気分じゃねーんだわ。さっさと終わらせようぜ」 「そりゃそうだが、でも、その」 「ショーゴ」 「……っ……あ、……っ」  せめて場所を変えて欲しかったが、咲はめんどくさそうに雑な返答の末、無感情な声で一言俺の名前を呼んだ。  俺には咲がわからない。  わからないが、これ以上はいけない。  怒っているかの判断すらつかないけれど、じゃあもういいと彼の世界から追い出されて困るのは、俺のほうだった。 「……れ、……恋愛、感情……で」  唇と手が震える。  しばらく沈黙して、視線をうろつかせ、深呼吸の末にやっと声を出す。  おそるおそる咲の顔を見つめた。  夕日に照らされた美しい顔。  この半年もぐんと成長した咲の顔立ちは、男らしさを増した。  元々早熟だが未成年らしい体と色素の薄い彩りがユニセックスに見せていたが、来年から高校生になる彼はもう少年ではなく、立派に大人の片鱗を感じる青年だ。  来年には高校生になる。  そこに俺は、いないのだろう。  キュゥ、と胸が締めつけられる。  ああ嫌だ。俺を置いて行かないでくれ。咲、咲、咲野、息吹咲野。俺にたくさんのものをくれた。俺を救ってくれた。笑い方が好きだ。もっとバカにしてくれ。眠り方がかわいい。いつも自然体で落ち着く。嘘偽りない言葉や行動。考え方に驚かされる。もっと知りたい。わかりたい。わからない俺すらそばに置いてくれる。好きだ。咲。好きだ。一緒にいたい。抱き合っていたい。好かれたい。好きだ。一分一秒、お前のことを考えて生きてしまうほどに。 「咲が……好きだ。……愛してる」  そんな恋心の奔流。  その一雫を口にした途端、恐ろしいほど変わらない薄ら笑いを浮かべる咲の表情が、一瞬歪んだように見えた。  不愉快げにベロリと舌を出す。 「ハッ、ジョーダン」 「っ本気だっ。本気で俺は咲が好きだ……愛してるんだ……っ」 「はぁ……」 「──アハハッ!」 「っ?」  咲が深いため息を吐いた直後、薄暗い教室内に友人たちの笑い声が弾けた。  なに、が? なんだ?  なぜ笑われているのかわからない。  驚いてキョロキョロと狼狽える俺を、咲は信じられないとでも言いたげな目で呆れたようにジト、と見つめている。 「はい俺らの勝ちィ〜。罰ゲーム決定! まぁ本人が〝オチない〟に賭けてるってのも変だけどよ、あははっ」 「ほらぁ言っただろ? 息吹にオチねぇやつはいねぇって。いやマジで、ラブに限んねーけど男でも女でも教師でも保護者でも息吹が自分から構いに行ったらいつの間にかオチてんだぜ? うちの学校じゃもっぱらの都市伝説なんだから」 「ちげぇねぇや。だからガチ恋縛りで外部にしてみたのに、やっぱダメ。口説かれちまったら他のに恋愛中ってやつ以外はほぼヒャクパーメロメロって顔してくんだよなー」 「そりゃあ息吹は顔よしスタイルよし家柄よし頭に運動神経にってフルスペックで無駄に親しみやすいもんよ〜」 「ぷっ、言えてる。そんで優等生でもヤンキーでもなく趣味主に昼寝だぜ? 意味わかんねー」 「もう呪われてんじゃね? アハハッ!」  情報が多すぎて、どういうことか、すぐには理解できなかった。  賭け事の勝ち負け。  都市伝説じみた咲をおもしろおかしく試すために、外部の人間──俺を使って、彼らは遊んでいたのか。

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