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28(side翔瑚)
「はは」
岩のように硬直し微かに震えることしかできずにいる俺を見もしない咲が笑って、友人たちに視線をやった。
コン、と教卓を踵で鳴らす。
「うるせーよ。ちょっと黙れ?」
「……っ……」
それだけでシン、と場が静まり返った。
特別冷たい声でも怒っているわけでもない声と態度には、息吹咲野という人間と付き合いがある者なら黙り込む程度の威力がある。
「うん、静か」
自主的に黙らなければ黙らせるためにどんな手も使う。
それがわかっているからだ。
「あーあ、オマエらの勝ちだわ。んじゃあ約束通りなんでも一個言うこと聞くってことで、罰ゲームなんにするか帰って考えといて? パシリ堕ちでもなんでもいいけどなるべく面白いヤツでよろ」
「あ、あぁ、わかった」
「ご、ごめん」
「はは、なにが?」
「やっ、なんでもっ!」
「そー」
「あんさ! 息吹、明日は学校くんの?」
「ん? 行くけど? ママに行けって言われてっからさぁ。お前らは?」
「行く行く! ぜってぇ行くわ! てか全員受験終わったしパーッと卒業パーティー込みでランドにでも行こうぜ〜」
「それな! 合格記念にクラスみんなで的な? 息吹も行くだろ? 明日の放課後決めよ!」
「えーお前アンナと遊びたいだけじゃん。ティナと別れてすぐ狙いに行ってんのバレバレ」
「ま!? いやでも行くよなっ? 頼むよ〜っ息吹来たら女集まるからマストなんだって〜っ」
「ま、いーよ。遊びは行くかな。でも明日はムリ。遊び相手いるから」
「ってまた野山? それとも音待? どっちにしろヤンキーじゃん」
「うんにゃ、ネコちゃん。なぁーん」
「ぶっ、なにそれ」
「んなわけねぇって〜」
咲に憧れているのかステータスとしてそばにいてほしいのか、理由はわからないが咲と親しくしていたい友人たちは、咲に構われて楽しそうにケラケラ笑って去っていく。
咲はどこか顔色を伺う友人たちに慣れているようで、巧みに追い出してしまった。
ガラガラドン、とドアが閉まる。
夕日色の教室には、俺と咲が二人きり。
俺は酷く、震えていた。
怖くて怖くて泣き出しそうだ。
「ノリがいいんだな、ショーゴ」
「え……」
トン、と軽い音を立てて、白く美しい人が俺の隣に降り立った。
「一般論じゃそんな要素まるでねぇ付き合いだったのに、あんな答え口に出すとか。あれが得意の空気読みってやつ? スゲー」
幼くもなければ中性的でもないしっかりとした男だが、大人ではない年下の青年。
平凡な俺とは真逆に華々しいものばかり持ち王子様のように目を引くその人は、唯一無二の、俺の好きな人。
「お陰様で賭けにゃあ負けちゃった。──俺を線引きするカテーキョーシをオトせるか、って賭け」
「……っ……」
「俺は〝オチない〟と賭けた」
負けたケド、と薄ら笑いをうかべる咲。
俺の顔を覗き込み、子どものような瞳で不思議そうに首を傾げる。
「泣き虫ショーゴ。……泣かないの?」
最低最悪の賭け事の対象になりまんまと惚れてのこのこと告白したマヌケな俺は、乾いた頬をヒクリと震わせた。
咲の瞳には悪意がない。
純粋に無垢なまま、変わらず濁って俺を見つめている。
脳を鈍器で滅多打ちにされた気分なのに冷静だったのは、そんな咲の行動に矛盾していることが多すぎて、頭も心も追いつかないからだ。
咲は〝オチない〟に賭けた。
なら、どうして俺が咲を好きになってしまうようなことばかりしたんだろう。
天邪鬼にオトそうとしていたのか? と考えても、それにしては酷い発言や行動もしている。甘やかしてはくれない。
俺を抱いているのも、そう。
俺を特別にしているわけじゃなくて、他の人も変わらずに抱いている。
二人きりの家庭教師の時間に構ってもらえて勘違いしそうになっていた俺は、咲は俺のものじゃないことをしばしば忘れがちだった。
若くてかっこいい子を抱いている現場を見た記憶がある。
そして一緒くたに、俺を抱いた。
最低なクズだ。あるがままに。
──ゲームだと、俺で遊んでいたのに……咲は変わっていない……?
「さ……咲」
そっと手を伸ばして、咲の学ランの裾をキュ、と控えめに握った。
離れたくないから、保険のために。
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